第6話 欲望の迷宮・2

『欲望の迷宮』

 それは人の欲望をとにかく刺激するような魔物やトラップが多く出るゆえに名付けられたダンジョンらしい。

 

 そもそもがダンジョンとは何かというと、周囲より魔力濃度が濃い魔力溜りに、多種多様な魔族が引き寄せられて作られた巨大な巣の複合体・・・・・・らしい。

 要は魔物がいっぱい出る場所という事だ。

 

「そういやジョンドウはなんで欲望の迷宮に来たかったんだ?」

「そりゃ欲望の迷宮に来る目的なんざ金に決まってるでしょ。ここには金になる魔物もお宝も多いから。このダンジョンには一山当てたいって冒険者ばっかりさ。そういうアンタは違うのか?」

「ああ。俺の目的は半グレメタルだ」

 

 確かにダンジョンではいろいろお宝が見つかったりする事もあるらしいが、今回それは目的ではない。

 今回の目的はココに現れるという『半グレメタル』

 いかにも経験値を落としそうな名前のその魔物は、実際その通りに多くの経験値を落とす。

 今回はコイツを倒して下がってしまった俺のレベルを元に戻す事が目的だ。

 

 ただこの半グレメタル、非常に素早く攻撃を当てるのは至難の業で、もし当たったとしても並の攻撃では傷1つつかない外皮を持つらしい。

 ・・・・・・まあそれは俺の力なら問題はない。

 問題はそもそもが希少で目撃情報が少ないという事だ。こればっかりは根気の勝負だ。

 

「ふーんそりゃまた大変なもん探してんだね。ま、金が目的じゃないなら喧嘩せずにすみそう。と、ついたついた」

「ここが欲望の迷宮・・・・・・なんか、ただの洞窟と見分けがつかないな」

「なにアンタ、もしかしてダンジョン見んのも初めてか?  ホントにどんな田舎出身?  もしかして貴族の隠し子かなんかか?」

「はは・・・・・・」

 

 く、田舎出身設定でゴリ押すのは無理があったか。今からでも記憶喪失設定を追加するべきか。

 

「ダンジョンはただの魔物の巣とは違うんだぞ?  舐めてかかると痛い目見るよ。ちょっと見てて」

 

 ジェンドゥは洞窟の入口付近まで近づくと手を伸ばした。すると手の先が歪んだ。

 

「うおっ!  お前大丈夫かそれ」

「大丈夫大丈夫、ほら」

 

 ジェンドゥが手を引っ込めると手の様子は元に戻る。

 

「ダンジョンは特殊な魔力溜り。濃い魔力は天然の結界になっててこうして内と外を明確に仕切ってんの。そして結界はダンジョンごとに異なる『ルール』を作る」

「ルール?」

「例えば『魔法の弱体化』とか『魔族の巨大化』だったりね。そして欲望の迷宮のルールは『欲望の肥大化』・・・・・・らしい。ボクも入るのは初めてだからどういう効果なのかはイマイチ分かってないけどね」

 

 欲望の肥大化。

 なるほど、確かに厄介そうなルールだ。

 ここに来る前にマリアンヌさんから聞いた、このダンジョンに生息する魔族を思い浮かべる。

 

 まあ別に俺の敵ではないか。

 

 ○

 

 ダンジョンなんて俺のレベルならなんて事ない。

 ・・・・・・その考えは甘かった。

 確かにどんなに強い魔族が出ても俺の敵ではないが、光源のない洞窟を何の装備も無しに探索するのは無理があった。

 

「ったく、赤ちゃんかよアンタは。水と灯りぐらいダンジョン行くなら持ってけよな。そんな事してるといつか足元掬われるぞ」

「面目ない・・・・・・」

 

 今はジェンドゥが持っていたカンテラのような物を借りている。中に灯っているのは火ではなく、光を放つ石だ。光の魔法を刻んだ魔石なる物が入っているらしい。火と違ってそう簡単に消えないし、付けたり消したりも自在。使い勝手はほぼ懐中電灯だ。

 

「お、この先の曲がり角、右側に魔物が2体いるね」

「まじ?  よく分かるな」

「ふふん。それが斥候の役割だからな」

 

 俺の視界にはいまだに曲がり角すら見えていない。音の反響か何かで分かったのか?  それとも職業による補正か。

 

 魔物にバレないように慎重に進む。

 曲がり角付近まで来ると、俺の耳にガリガリという音が聞こえてきた。

 カンテラをかざして様子を伺う。

 

 (あれは確か・・・・・・金食虫かねくいむしか? )

 

 巨大なミミズらしき生物が壁に頭を突っ込んで何かを食べている。ミミズと違うのは体のアチコチに黒曜石のような甲殻がある事だ。

 

 金食虫は石や金属を食べて体内に溜め込むという生態を持つ。そして個体によっては希少な金属を溜め込んでいる可能性もあり、冒険者からは『くじ引き虫』とも呼ばれている・・・・・・と魔物図鑑に書いてあったのを思い出す。

 

 (よし、俺がいく)

 (りょーかい。崩落させんなよ)

 (うっ。わかってるよ)

 

 カンテラ片手に金食虫に近づく。

 金食虫は目が退化している。じゃあどうやって敵を見つけるのかというと・・・・・・振動だ。

 

 じゃり、足元の小石が僅かに音を立てる。金食虫は敏感に反応し、襲いかかってきた。

 

「遅いな」

 

 右から右足首に食らいつこうとするAと、左から足下目掛けて薙ぎ払われる尾。暗闇の中でもそれらが手に取るように分かる。

 勇者という職業に索敵能力はないが、戦闘能力はピカイチだ。どうやら俺の間合いの中でなら、魔物がどんな動きをしているか見なくても分かるようだ。

 

 俺は右足に食らいつこうとした金食虫の頭を鷲掴むと握りつぶした。風船が割れるような音と共に金食虫が弾け飛ぶ。

 そのまま流れるように左から来る尾を掴む。が、優しく掴んだつもりが力加減をミスって握りつぶしてしまった。

 いかんいかん。豆腐を箸で持ち上げるが如く繊細に扱わなければ。

 痛みに暴れる金食虫。申し訳ない事をしたと思いながら、必要以上に苦しめないために早急にトドメを刺す。

 後には頭を潰された金食虫の死骸が二つ残った。

 

 パチパチと後ろから拍手の音。

 

「さっすがダービー。この程度じゃ相手にならんな」

 

 あ、しまった。

 今の俺はダービー君戦士レベル15だった。

 一応前回みたいな謎衝撃波が発生して洞窟が崩落しないように、全力の手加減をしたんだが。

 確か金食虫は推奨レベル20ぐらいだった気がする。明らかに素手の戦士レベル15がやっていい戦い方じゃ無かったか。

 

「い、いやぁ、これでも一歩間違えてたら俺が殺されてた。あー危なかったー」

「いいっていいって、下手な芝居は。無理に聞き出したりしないからさ。それより『くじ引き虫』の開封しようぜ」

 

 ジェンドゥはナイフをくるくると回しながら金食虫に向かっていく。

 やはりというかなんと言うか、ジェンドゥには俺が戦士レベル15でない事は完全にバレているようだ。まあ流石にバレるよな。

 

 流石に15レベルは無理があったし、帰ったら半グレメタルを倒してレベルが上がったことにしよう。40レベルぐらいなら何とか誤魔化せるかな?

 

 そんな事を考えながらジェンドゥが解体しているのとは違う方の金食虫の腹を力ずくで開いていると、何やら硬い感触に当たった。

 

「かー、ダメか土塊ばっかり。おーいダービー。そっちはどうだ?」

「なんか・・・・・・出たわ」

「お、見せてみ見せてみ。どんな色?」

「黄色・・・・・・いや、金色?」

「え」

 

 土塊の中から姿を見せる金色の鉱石。

 まさか、金か?

 しかも結構大きい。

 

「どうよジェンドゥ。これ結構当たりじゃないか?」

「お、おう。そう、だな」

「ん?」

 

 何やらジェンドゥの様子がおかしい。視線に妙に熱がこもっているし、返答もどこか上の空だ。

 その視線の先には俺の持つ金がある。

 右に動かせばジェンドゥの視線も右に動き、左に動かせばジェンドゥの視線も左に動く。

 

「な、なあダービー。アンタ袋とか持ってないよな。タダでさえカンテラで片手に塞がってるし邪魔だろ。ボクがそ、それ預かっててやろうか」

「まじ?  ありがと」

「別にボクは持ち逃げするつもりも無いし王都についたらちゃんとかえ・・・・・・あれ、いいの?」

 

 ぽかんとしているジェンドゥに金を渡す。

 

「良いも悪いも、実際邪魔だったし」

「お、おいおい。アンタちょっと警戒心薄すぎるんじゃないか?  ボクはまだ昨日知り合ったばっかの赤の他人だぞ。信頼関係もクソもない。こんだけの黄金。売っぱらったら幾らになるとおもってんだよ。アンタもしかして欲ってモンがないんか?  田舎住みで平和ボケでもしてんのか?」

「ちょ、キレんなよ」

 

 詰め寄ってくるジェンドゥに若干引く。

 まあ女で、しかもこの若さなのに、危険と隣り合わせな冒険者なんてやってるから金には苦労しているのだろう。

 

 確かにジェンドゥの言葉には一理ある。

 どこの馬の骨ともしれない少女にこんだけの黄金を渡すなんて、俺も日本にいた頃じゃ考えられなかった。

 そもそも俺は欲の強い男だ。金はできるだけ欲しいし、美味いもんはたらふく食いたいし、出来れば彼女も欲しい。

 ではなぜ、俺がこんなにも無防備に金を渡したか。

 

「俺はさ、信用してるんだ。ジェンドゥの事」

「だからそれが平和ボケって・・・・・・」

 

 俺は金食虫の亡骸を拾うと軽くデコピンをした。

 凄まじい衝撃波とともに霧状に霧散する金食虫だったモノ。血煙の漂う洞窟で俺はジェンドゥに笑いかけた。

 

「ね?」

 

 コクコクと壊れたオモチャのように頷くジェンドゥ。

 やはり言葉にする事は大切だ。人間は言葉で理解し合える。

 

 まあ本音としては、衣食住は王宮で最高クラスのモノを提供して貰ってるし、いざとなれば王様とかに強請れば金は貰えそうだから心に余裕があるってのがデカイな。

 

「分かってくれたならよかった。じゃあ行こうか」

「あ、ああ」

 

 ジェンドゥがしゅんとしてしまった。若干の罪悪感。

 うーん、力は便利だが、使い所が難しい。

 別に俺は萎縮させたいわけじゃないんだが。

 

「その、なんだ。ジェンドゥ、俺は別にお前を力で支配したいわけじゃなくて、もっとこう普通に探索とかを楽しみたいわけよ」

「いや、ボクこそゴメン。なんだかあの金を見たらどうしても欲しくなっちゃって。なぜかその衝動を止められなかったんだ。もしかしたらこれが『欲望の肥大化』の効果なのかもな」

 

 確かにさっきのジェンドゥは若干様子がおかしかった。あれがこのダンジョンのルールとやらの効果なのだとしたら納得できる。

 

「はぁ、なんかボク気抜けちゃったぜ。こんな石ころに振り回されるなん・・・・・・て・・・・・・」

「ジェンドゥ?」

 

 金を抱えながら肩を落とすジェンドゥ。その動きがはたと止まる。

 

 かと思えばナイフを取り出し、金に打ち付けた。

 暗闇にパッと火花が散る。

 そしてジェンドゥはさらに肩を落とした。

 

「ちょ、どうしたよ」

「・・・・・・愚者の金だ」

「え?」

「コレは見た目は金に似ているけど性質の全く違う金属──通称『愚者の金』だ」

 

 そう言ってあれだけ大事そうに抱えていた金を投げ捨てた。石はゴロゴロ転がりながら闇の中に消えていってしまう。

 

「え、あれいいの?」

「いらんいらん。どうせ大した価値なんてないよ。せいぜい火打石程度にしかなんないし。それよりこんな序盤であんな荷物抱える方がリスクだよ。ったく、してやられたわ。石ころ風情が舐め腐りやがって」

 

 そういや聞いたことあるな。確か金によく似た鉄と硫黄からなる鉱石があるって。なるほどあれがそうか。

 

 ぷんぷんしているジェンドゥを見て、何だか元の調子に戻った様子で安心する。

 まだダンジョン探索は始まったばかりだ。

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