第5話 欲望の迷宮・1
俺の悩み(レベルダウンの原因)は人に聞けないが、そもそも調べ物をするのに人に聞く必要はない。
先人の知恵を得るには本を読むべしと古来から相場が決まっているのだ。
「勇者様~! どこに行ったのですか~!」
遠くから聞こえるメイドの声に耳を塞ぎつつ、たどり着いたのは宮殿内の書庫。ここで思う存分この世界の事を知るとしよう。
「失礼しま~す」
小声で言いつつ静かに入る。
図書館ではお静かに。
「誰もいない・・・・・・か?」
司書みたいな人がいるかと思ったんだが・・・・・・まあ居ないなら居ないで都合はいい。ゆっくりと本を見て回ろう。
「えーと、魔族については」
今知りたいのはレベルが下がった原因だ。
その原因が倒した魔族達の中にある可能性がある。どんな魔物を倒したのかが分かれば調べ物もしやすいんだが、生憎と俺の攻撃により塵一つ残っていない。地道に調べるしかないか。
『魔族とは魔物・魔人の総称である。知能の低い魔物がレベルを上げて進化することにより魔人へと進化する。魔物は基本的に知能が低いが、魔人は総じて知能が高く、人型に近いものが多い。魔人の中には言葉を解する者もいるが、それらの言葉は人間を騙すためのものであり、人間に友好的な魔族は存在しない』
なるほど。タメになる。
だがこの本には俺の望む情報はないようだ。
もっとこう、図鑑みたいなのが欲しい。
「えーと魔物図鑑、魔物図鑑、ってなんだこりゃ」
魔物図鑑を探し求めて書架の迷路をうろついていると本が山盛りになった場所に出くわした。どうやら近くの書架から本が崩れ落ちたようだ。
こりゃ司書の人は戻すの面倒くさそうだ。
どこか他人事のように横を通り過ぎようとすると、本の山の中から手が飛び出していた。
「っておい! 大丈夫か!」
慌ててその手を掴み引っ張り出すと、中からローブ姿の女性が出てきた。目を回しているようだが、体に大きな傷はない。
ぺちぺちと顔を叩くとゆっくりと目を開けた。
「うーん。あれ、私は本の海で泳いでいたはず。本の海、本の海は」
「本の海はないが本の山ならあるぞ」
本の山を指さすと、女性は空の本棚と本の山で視線を行ったり来たりさせた後、何が起きたのか納得がいったような顔をし・・・・・・そして目を閉じた。
「おい! 現実逃避すんな!」
○
「いや~すみませんねぇ。片付け手伝ってもらっちゃって」
「それは別にいいけど。代わりに俺がココにいた事は秘密にしてくれよ」
どうやら高い所にあった本を取ろうとしたらバランスを崩して本が落ちてきたらしい。そしてそのまま気絶していたと。
下手すりゃ大怪我だが、幸いにも何事も無いようで何よりだ。
「申し遅れました。私、ここの司書をしておりますマリアンヌと申します」
「俺は荼毘龍斗。もう知ってるかもしれないけど」
「ええ。王宮では有名人ですからね」
「お、どういう風に?」
「制御の聞かない暴れ馬、と」
別に誰彼構わず暴れているわけじゃないのに・・・・・・。まあ言う事聞いてないのは自覚あるけど。
「あと勇者様は元の世界に帰りたがっているとも」
「は? それは散々否定したとおもうんだけど」
「いえいえ。昨日元の世界から持ってきた服が無くなっていて恋しいと言われたとか。メイドの間でウワサになっていましたよ。あんなに圧倒的な力を持つ勇者様にも人間らしい所があるのだと盛り上がっておりました」
脳内に恰幅のいい偉そうなオッサンが浮かび上がる。噂の元は絶対アイツだ。まあコチラも手荒な真似をしたし、これぐらいの意趣返しは許してやろう。
「それで、その噂の勇者様がこんな所に何の用ですか?」
「ああ。実は魔物図鑑を探してて」
「魔物図鑑でしたらコチラです」
マリアンヌさんは迷いのない足取りで書架へ向かうと1冊の分厚い本を取り出した。
・・・・・・マジで分厚いな。六法全書より分厚いんじゃないか?
この中から居るかも分からない魔物を探すのは骨が折れるぞ。
とりあえず受け取りパラパラと見てみる。
スライム・・・・・・デーモン・・・・・・シェイプシフター・・・・・・セイレーン・・・・・・
数多くの魔物の全身図、判明している生態、攻撃方法、弱点、採取できる素材の活用方法などが事細かに書かれている。
読み物として純粋に面白そうだが全部読んでいたらマジで日が暮れそうだ。
やっぱり人に聞くか?
うーんでもなぁ。俺のレベルダウンに繋がりそうな事を聞くのはなぁ。人の口に戸は立てられないし、どこからバレるか分からない。
でもこの量から探し出すのはなあ。
「そしてこちらが2巻と3巻です」
マリアンヌさんが同じくらいの分厚さの本を目の前に積み重ねる。それを見て俺は自力で何とかするのを諦めた。
「あのマリアンヌさん。レベルを下げてくる魔族っていますか?」
「え、もしかして下げられたのですか?」
「いやいやいや! そういう訳じゃなくて! ほら俺って勇者レベル999として召喚されたから強いけど、それ以外は平凡な人間なんですよ! だからその対策をしないとねっていう」
「おお、そんな熱くならなくても」
「あ、すいません」
しまった。
ちょっと核心をつかれて慌ててしまった。
「そうですねぇ。真っ先に思いつくのはサキュバス系統ですね」
マリアンヌさんがパラパラと図鑑を捲っていく。そしてあるページでピタリと止まる。
「サキュバスは【レベルドレイン】という技を使います。なんでも接触した相手からレベルを奪うらしいですよ」
「接触した相手から・・・・・・」
この間魔物を一掃した時は当然ながら接触していない。
もしくは酒を飲んで記憶が無い時にやられたか?
可能性はゼロではないな。
「ただ【レベルドレイン】はレベル差が大きいと効かないらしいので勇者様は心配ないですね」
「あ、そうなの」
大きいレベル差っていうのがどれくらいか分からないが、大丈夫だろう。なんせ人間の最強クラスが100ぐらい。そこからレベル差が云々という話が出るという事は、どんなに大きくても100以下だ。
そしてレベル900ぐらいのサキュバスがもしいるならとっくに人間は滅んでいるだろう。
とすると何が原因なんだろう。
あと考えられるのは・・・・・・
レベルの下がった原因を考えていると、マリアンヌさんが図鑑を捲って新たなページを開いた。
「そもそも勇者様。たとえレベルを下げられても、また上げればいいんですよ」
「・・・・・・確かに」
開かれたページに映るのは『半グレメタル』という魔物だ。そこに書かれている特徴はどこかで見た事のあるものだった。
『高い防御力と素早さ。臆病ですぐ逃げるうえに隠れるのが上手い。しかし倒すと莫大な経験値を得られる』
○
まさかもうダービーになる日が来るとは。
マリアンヌさんから半グレメタルの出るというダンジョンを教えてもらった俺は早速鎧を着てダービーとして城下町に来ていた。とっとと直行しようとした所で昨日の事を思い出した。
そういえば昨日はゴブリンを消し炭にした後慌てて逃げてしまったが、ジェンドゥは大丈夫だったろうか。ちゃんと二人で帰るべきだった。反省だ。
・・・・・・念の為冒険者ギルドを覗いていくか。
冒険者ギルドに入り、あの少女を探す。
えーと、あ、いた。
イタズラっぽい顔でこっそり近づこうとしていたジェンドゥと目が合う。
「ジェンドゥ! よかった無事だったんだな。昨日はいきなり帰っちゃってすまんかった」
「・・・・・・ボク今気配消してたんだけどなんで気づけるの? もしかしてそういう装備とか特性とかもってんの?」
「え?」
いちおう勇者にも敵意や殺意を察知する能力はあるが、特別強力なものでは無い。考えられるのは恐らく単純なレベル差とかか?ジェンドゥのレベルは知らないが、最低でも800以上は差があるはずだ。それだけ離れていればレベル差の暴力でたいていのモノはどうにかなるだろう。
だが今それよりジェンドゥが何か気になる事を言った。
「なあジェンドゥ。『特性』ってなんだ?」
「ああん? んな事も知らんの? あんたホントにどんな田舎に住んでたん? まあそれも気になるけど今は置いとこ。そういや昨日の質問の順番から言って次はボクが答える番だしね」
そのゲームまだ続いてたんだ。
「『特性』ってのはそれぞれの人や魔族の持つ固有の能力だよ。人によっては神からの贈り物(ギフト)とかいったりするね。ちなみに昨日も言ったけどボクも持ってるんだよ。『影が薄い』っていう特性。なんかアンタには効かんみたいだけど」
特性・・・・・・そういえば忘れていたが俺も持ってたな。
────
名前:荼毘龍斗
年齢:20
種族:人間
職業:勇者
レベル:898
特性:【竜頭蛇尾】
──
特性:【竜頭蛇尾】
これいったいどういう効果なんだ。
「なあジェンドゥ・・・・・・」
「おっと次はボクが質問する番だよ」
くっ。面倒な。
いや、むしろ良いか。
もしこの【竜頭蛇尾】が俺の固有の能力だとしたら、コレを話すことは勇者リュート=冒険者ダービーという証明になってしまう。これは王宮の本で調べよう。
それより怖いのはジェンドゥの質問の内容だ。昨日のあの惨劇はどう考えてもレベル15の戦士が出していいものでは無い事はジェンドゥの反応からして明らかだ。絶対に怪しんでいるはず。
「じゃあ聞くよ」
来るっ・・・・・・!
「今日は何しに冒険者ギルドに来たんだ?」
「え?」
あれ?
世間話?
「え? じゃない。それともなにか、別の質問の方がよかった?」
「いやいやいや。そういうわけじゃないけど。・・・・・・気にならないのか?」
「そりゃまあ気にならないと言えば嘘になるよ。でもそうやって頑なに顔隠したり冒険者登録を詐称したりするってことは、何か事情があるんでしょ? だったらそれを無理矢理暴こうとするなんて無粋な真似できるわけないじゃん。人間だもん、隠したいことの一つや二つぐらいあるもんさ」
「ジェンドゥ・・・・・・」
なんだよ。
良い奴じゃねえか。
「ま、言いたくなったら言って。ボクはそれを気長に待つよ」
「ありがとう! ジェンドゥ!」
「おわ! 抱きつこうとすんなバカ! アンタの馬鹿力の事考えろ!」
感極まってハグしようとしたら避けられた。
一理ある。
「それで? 何しに冒険者ギルド来たんだ? 依頼か? 食事か? それともボ・ク?」
ワザとらしくシナをつくるジェンドゥにイラッとするが実際ココに寄ったのはジェンドゥが無事に帰って来れているかの確認だ。
「まあ、その通りだ。昨日はゴメンな。置いてけぼりにしちゃって」
「お、おう。そうやって馬鹿正直に返されると、なんか、アレだな。まあ気にしないでよ。お互い五体満足でココにいるんだし。なんも謝ることなんてないって。そんなことよりさ、今日こそ行くだろ? ダンジョン」
「おう。あ、でも俺ちょっと行きたいダンジョンがあるんだけど」
「へえ。なんてとこなん?」
「たしか『欲望の迷宮』ってとこ」
『欲望の迷宮』
そこに半グレメタルがいる・・・・・・らしい。
そもそも半グレメタルは希少な魔物で目撃情報も少ない。そんな中『欲望の迷宮』では若干目撃情報が多い・・・・・・と魔物図鑑に書いてあった。
「『欲望の迷宮』! 奇遇だねぇ。ボクが行きたかったダンジョンもそこなんだよ。行先が同じなら悩む必要はないね」
「ああ、そうだな」
ジェンドゥが差し出してきた手を取る。目指すは『欲望の迷宮』だ。
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