第4話 ゴブリンの悲劇

 ジェンドゥと二人、連れ歩いてダンジョンへ向かう。王都を出ると外は開けた草原だった。遠くの方には森も見える。

 

 なんだかすごい田舎に感じる。地面が舗装されてなくて土を均したまんまなのもそれに拍車をかけているかもしれないが。

 この辺はまだ王都に近いし、もっと発展していてもいいとおもうんだが、なんせ魔族なる物がいる世界だ。きっと開発も難しいのだろう。

 

「なあなあダービー。道中暇だしアンタのこと聞かせてくれよ。どこ出身?  戦闘のポジションはどこが得意?  どんな技が使える?  その鎧サイズあってなくない?  兜とっていい?」

「ちょ、落ち着け」

 

 兜を取ろうとするジェンドゥの手を止める。危ない危ない。この世界じゃ俺の顔は目立つからな。ダービー君は世を忍ぶ仮の姿、目立つ時は勇者リュートの時だけだ。

 

「俺、実は病気で顔がちょっとアレなんだ」

「アレ」

「そう、アレ。だからなるべくこの兜は脱ぎたくなくて」

 

 後暗い過去のストーリーを匂わせて触れづらくする作戦。まあ野郎の顔なんて大して興味もないだろう。

 

「ボクはアレなんて気にしないよ。ほらボクの頬にもアレがいっぱい」

「いやアレっていうのはソバカスのことじゃなくて」

 

 だというのにジェンドゥはやたらと俺の顔を見ようとする。なんだ?  隠された物は暴きたくなるという人間の心理か?

 

「俺の事はいいよ。それよりも俺は田舎から出てきたばかりでこの辺りの事に疎いんだ。色々と教えてくれよ」

「えー?  しょーがない。でもせっかくだしお互いの自己紹介も兼ねて、1個ずつ交互に質問しよーよ」

 

 まあ、いいか。よく考えたらこれから一緒に冒険するのに相手の事何も知らないって怖いよな。ネトゲとかの野良パーティならよくあることだが、現実には命がかかっているんだ。素性のしれない奴に背中は任せられない。

 

「おっけ。でも顔は見せないぞ」

「よしよし。じゃあ先行は譲るよ。何から聞く? スリーサイズとか?」

「・・・・・・それは、後で聞こう」

 

 危ない危ない。俺は分別のある大人だからな。優先順位を間違えてはいけない。

 さて、何から聞くか。

 レベルダウンの心当たり・・・・・・はいきなり聞くのはどう考えても不自然だろう。それよりも、もっと根本的な事を聞こう。

 

「魔王」

「え?」

「魔王の事、知ってる事があったら教えて欲しい」

「・・・・・・」

「な、なんだよ」

 

 じっとコチラを見るジェンドゥ。俺があまりに無知で呆れているのか?  しょうがないだろ。俺はこの世界来たばかりなんだから。言わばこの世界の赤ちゃんだ。優しくしてくれないと泣きわめくぞ。

 

「アンタなぁ、こういう時聞くのは相手の事だろ。しかも魔王って。何アンタ、もしかしてお上りさんか? 常識を故郷に忘れてきたんか?」

「う、うるさいな。質問したのはコッチだぞ」

 

 その通りすぎる。でもしょうがないだろ。コッチからしたらジェンドゥの素性なんてあんま興味ない。なんせジェンドゥがとんでもない悪人でも、レベル898の俺をどうにかできるはずがないんだから。

 だがこういう時こそさっき考えた設定が役に立つ。 

 

「俺は実は田舎から出てきたばかりで、少し常識に疎いんだ」

「ほーん。ま、いいけど。つってもボクが知ってる事なんて常識以上の事なんてないよ。魔族の王様。んで魔族を率いて人間を滅ぼそうとしている」

「王様って事は国があるのか?」

「いんや。魔族は通常異種族同士で群れたりしない。それを純粋な力で纏めて、人間を滅ぼすための連合軍を作ったのが魔王なんだって。これは今までに前例のないとんでもない事なんだとか、ね」

「へー。それでその魔王はどこにいるんだ?」

「さあ?  南の未開拓領域のどこかに本拠地があるって言われてるけど、詳しい事は知らない」

 

 南、か。

 さすがにそれだけじゃ魔王を見つけるのは難しいな。未開拓領域なる物がどれくらい広いかも分からないし。

 今度王宮に行った時に地図を見せてもらおう。

 

「さて、次はボクの番だね。さーて何を教えてもら・・・・・・」

「ジェンドゥ?」

 

 ジェンドゥの動きがピタリと止まる。

 

「危ない!」

「え?」

 

 ものすごい剣幕で怒鳴り、俺を突き飛ば・・・・・・そうとして逆に弾き返された。何してんだコイツと思った直後、俺の意識の端が何かを捉えた。

 

「お、矢か」

 

 俺は軽く頭を振って矢を避けると、矢が飛んできた方向を見た。

 

「げひひ」

「げひゃげひゃ」

「げひー」

 

 すると草陰から出てくる鷲鼻が特徴的な醜悪な顔つきの緑色の小人の群れ。初めて見るのになんだか馴染みのある怪物モンスター。ファンタジーやエロ本である意味大人気。

 

「ゴブリン」

「そう、もう囲まれてるよ」

「そうみたいだな」

 

 俺自身も何かが近くで敵意を放っているのは分かってはいた。だがあまりに実力差がありすぎて、特に害は無いと放ってしまっていたのだ。カマキリなんかが威嚇しても人が気にも留めないのと同じように。

 だが今はジェンドゥもいるんだしもうちょっと気をつけるべきだったな。反省反省。

 

「よしダービー。ボクの質問の番だな」

「え?  お前こんな時に・・・・・・」

「ダービーの戦い方を見せてくれ。いい?」

 

 ナイフを構えつつウインクするジェンドゥ。

 なんだよ・・・・・・ちょっとカッコイイじゃねぇか。

 俺も今度機会があったらパクろ。

 

「へっ、しょーがねーな」

 

 剣を構える。

 さて、正直言ってこのゴブリンを蹴散らすのは簡単だ。問題なのはダービー君として戦う事。あくまで戦士レベル15の範囲を逸脱してはならない。

 

「げひひ!」

 

 ゴブリンが棍棒を振り上げ飛びかかってくる。

 俺はそれを迎え撃つために軽く剣を振り

 

 ボゴォォオオオオ!

 

 軽く・・・・・・剣を・・・・・・

 

 ゴブリンだった物の残骸が緑の草原に赤い染みを作る。剣は一振りの威力に耐えかねて消し飛び、俺の手には柄だけが残っていた。

 今まさに飛びかかろうとしていたゴブリンも、臓物をもろに浴びたゴブリンも、ゴブリンを切りつけようとしていたジェンドゥも、そして俺も。まるで【時間停止】を使った時のように止まっていた。ただ草原に吹くそよ風だけが時間が動いている事を教えてくれる。

 

 や、やっちまった。

 

「う、うおー!」

 

 とりあえず沈黙を破るために勝どきなどを上げてみる。その声に我に帰ったのかゴブリン達は武器を放り出して逃げ出した。

 

「あの、ダービー、さん?  今のは?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれは、俺の必殺技だ」

「必殺技?」

「ああ。剣に込められた魔力を解放する、一日に一回だけ打てる大技。もし、あれでゴブリン達が逃げてくれなければ俺達がやばかった」

 

 がくりとヒザをついて限界をアピール。荒々しく息など吐いてみる。

 

「くっ、反動が来やがった。すまんジェンドゥ。今日はもう戦えそうにねぇ。じゃ、俺は帰るから」

「ちょ、まっ」

 

 スタコラサッサとその場を後にする。これ以上ボロを出す前に逃げるに限る。

 

「なんなんアイツ・・・・・・」

 

 遠くからジェンドゥの呆然とした声が聞こえた。

 

 ○

 

 こっそり宮殿の俺の部屋に入る。

 どんなに厳しい警備も【時間停止】の前には無力だ。

 鎧はベットの下に隠しておこう。これが見つかると勇者=ダービーとなってしまう。ベッドの下にはいつだって男の子の秘密が隠されているのだ。

 

「ふう」

 

 先程の事を思い返す。

 あれがいわゆる『俺なんかやっちゃいました?』って奴か。いや俺はやらかした事を理解しているから違うのか? 

 

 ともかく手加減があんなに難しいとは思わなかった。

 例えるならシャベルカーでプリンを食べようとするようなもの。わずかでも力加減を謝れば過剰な破壊をもたらしてしまう。

 

 どうも日常生活では普通の力が出せるが、戦闘になるとああなるみたいだ。職業とレベルの補正のせいだろう。

 

 しかしこうなると下手にダービーとして城下町で冒険者として活動できないな。まあそっちの対策はおいおい考えよう。

 今考えるべきなのは

 

「勇者様!  今までどこに行ってらしたんですか!」

「散歩、とか?」

「ああもうお召し物もこんなに汚らしいものに。元のお召し物はどうなさったのですか」

「金貨5枚で売った」

「金貨5枚!?  本来なら金貨10枚もするのに!」

 

 キレ散らかすメイドの宥め方と、古着屋から追加で金貨5枚を回収する方法だ。

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