第3話 ジェンドゥ
城下町は存外に活気に満ちていた。昨日魔物が攻めてきたとは思えない。まあ街からでは何が起こったのか分からないままに終わってしまったのかもしれないな。
それよりもこうして街を散策していると異世界に来たという実感がふつふつと湧いてきた。日本では見られない石造りの街並に異国情緒を感じる。物珍しさに思わずキョロキョロしてしまうな。
その中でも一番日本と違うのは人だろう。布の服を着た人々の中に混じって鎧や武器を装備した人達がいる。それらはどれも大なり小なりの傷がついているが、それが逆に彼らの実生活に馴染んでいるという証明になっている。
「なあ聞いたか? あの噂」
「ああ。勇者様が現れたって奴だろ?」
お。
どうやら早速俺の事が噂になっているようだ。思わず立ち止まって聞き耳を立てる。
「昨日のあれは勇者様の魔法なんだと」
「なんでも数万の魔物を一瞬で消し飛ばしたとか」
「金髪碧眼のイケメンらしわよ。一目お会いしたいわ~」
・・・・・・なんか色々ガセネタも混じっているようだ。
本物の俺は黒髪黒目の平均的日本人顔だけどな。
「いやあれは王国の暗部で秘密裏に進められていた禁術だ。力の代償に何百人という奴隷の命が使われているに違いない」
「いやいや。あれは魔王軍が俺たちをビビらせるために使った幻術だよ。あんな大軍が急に王都まで来れるわけないだろ」
「じゃあなんで実際に地面がえぐれてるんだよ」
「あれはビビった王国が放った古代兵器だよ。その昔、余りの威力ゆえに封印されていた殺戮兵器の封印を解いたんだ」
ここら辺までくるともはや中学生の妄想だな。
どこの世も陰謀論みたいなインパクトの強い話題が一番流行るもんだ。
「勇者様はいたか!」
「コッチにはいなかった!」
おっと。
遠くに騎士が見えたのでサッと物陰に隠れる。
これだけ人がいれば人混みに紛れられそうだが、こっちの人はみんな彫りが深い。俺の平均的日本人ののっぺりした顔は少し目立ちそうだ。それに黒髪というのも赤毛や茶髪が多い中では目立つ。
何か顔を隠す物がないとすぐ追っ手に見つかりそうだ。別に見つかっても追っ手程度に俺を連れ戻せる力があるわけないが、周りで騒がれるのは邪魔くさい。
とはいえ完全に思いつきで出てきてしまったから金もない。あるのは起きた時に着ていた上等な服だけ。
というかこの上等な服も目立つな。日本で俺が着てた1着1000円ちょいの服よりも高級感がある。多分日本基準でも数万ぐらいしそう。
こんな時勇者が隠密系の魔法も使えれば簡単に隠れらるのになぁ。
ここらで一度職業やレベルについて整理しておこう。システム的にはド○クエが近いか。それぞれの人には職業があり、それのレベルを上げると、決まったレベルで魔法や特技を覚える。例として、勇者なら10レベルくらいにすると【火球】を覚える。
俺がこの世界に来てすぐに【
そして勇者というのは、戦いの前線に立って人々に希望を与える存在らしく、派手な魔法や技ばかり覚えている。代わりに隠密系や日常に役立つ系の能力は苦手だ。
いってもこれらは昨日の宴会の時に軽く聞いただけの情報だ。他にどんな職業があるのかとか、職業ってどうやって決まるのか、転職とかできるのか、とかまだ知りたい事はたくさんある。できればそういう情報も探したい。
とりあえず目立つ服を売ろう。そしてその金で適当な服と顔を隠すための兜と適当な武器を買おう。
しかし俺は物価を知らないし買い叩かれるかもしれない。
まあ大丈夫か。俺はその辺に落ちていた石ころを数個拾うと適当な古着屋に向かった。
「いらっしゃいませ」
「この服を売って代わりに適当な服が欲しいんだけど」
「・・・・・・なるほど」
じろじろと店主の値踏みするような目。俺は手の中で石ころを弄びながら店内の古着を眺める。
「あの、お客さん。その石は・・・・・・?」
「ああ、気にしないでください」
「はあ」
店主は当然石ころを気にしながら俺の服を見ている。
ただでさえ俺は怪しい。
この王都じゃ珍しい彫りの浅い顔つきに、やたらと上等な服装。そのくせその服を売って古着をくれと言っている。どう考えてもワケありだ。
足下見られてもおかしくない。
「で、いくらぐらい?」
「そうだね・・・・・・銀貨5枚ってところ」
バギン!
俺の手の中で石ころが1つ砂と化す。
店主がそれを見て固まる。
「あ、すいません。うっかり力加減を間違えちゃいました。で、よく聞こえなかったんですけど、いくらって?」
「ぎ、ぎんか・・・・・・50まい」
バギン!
また1つ石ころが砂と化す。
何かの暗示のようだ。
「ふー。にしてもいい店ですね。ここ。きっと誠実な商売をしてきたんだって事が店構えから伝わってきますよ」
「ええ・・・・・・へへ、そりゃあもう」
「で、いくらでしたっけ?」
「ぎんか・・・・・・500まい?」
バギン!
「すいません。次はもう少し大きめの石を持ってきますね」
「金貨5枚! これ以上は出せません!」
涙ながらに訴える店主に仕方なく金貨5枚で許してやる。これ以上やったら強盗だ。既に似たようなものかもしれないが。
店主には若干悪い事した気がしないでもない。今度王宮行った時に服の適正価格を聞いて差額は払ってやろう。
ともかくこの金で剣と全身鎧を買えた。いわゆるフルプレートアーマーと呼ばれる板金鎧だ。古着屋の隅っこで埃を被っていたものだ。値札はかかっていなかったが店主に聞いてみたらくれた。正直サイズがあっていない上にガチャガチャうるさいがファンタジーっぽくていい。ついでに顔も隠せるしな。
残ったのは銀貨が数枚。まあ生活費は最悪王様にたかろう。
さて、これでようやく本題に移れる。すなわち、情報収集だ。
魔族なる者が跋扈する世界だ。戦闘に携わる者が集まる場所があるはず。冒険者ギルドでもルイ○ダの酒場でもなんでもいい。
「ここ、かな?」
厳つい装備の厳つい顔したオッサン達が入っていく酒場のような建物。恐らくここがそれだ。
識字率が低いのか、どの建物にも文字看板がないから少し面倒だ。
恐る恐る入ってみるとむせ返るような酒の匂いと喧騒が押し寄せる。まだ真昼間だというのに。一瞬ただの酒場かと思ったが
「前衛職いりませんか──!」
「後衛アタッカーあと1人募集してます!」
「斥候(スカウト)です! どなたかダンジョンいきませんか!」
パーティーを募集する冒険者の声があちこちで響いている。やはりここが冒険者ギルド的な場所のようだ。
さて、どうするか。
とりあえず冒険者登録でもすればいいのか?
受付みたいな場所に行ってみる。
「すみません。ココには初めて来るんですが・・・・・・」
「はい。依頼ですか? それとも冒険者登録ですか?」
「冒険者登録です」
「でしたら登録料銀貨5枚と、必要事項の記入が必要です。文字はかけますか?」
「はい」
金とんのか。まあ銀貨ちょっと残ってるからいいけど。
渡された紙には名前、種族、職業、レベル、さらに使える魔法や特技などを記入する場所があった。
さて、ここで1つ問題だ。
それは本当の事を素直に書くか。それとも目立たないように当たり障りのない内容にするか。
まず言っておくと、俺は自己顕示欲と承認欲求の獣。いつだって持て囃されチヤホヤされたいと思っている。
ここで素直に勇者、レベル898などと書けばそれはもうチヤホヤされるだろう。どのパーティーにも引っ張りだこ。噂の勇者の伝説の一部に触れようと可愛い子も寄ってくるだろう。
だがそれをすれば当然目立つ。そして恐らく王宮にも情報がいく。そして追っ手ないしは監視が来る。
それじゃあ隠れてここに来た意味がない。
有名人にもたまには身分を隠して自由になる時間が必要だろう?
仕方ない、ココは我慢だ。
俺は理性的な獣。さらなるチヤホヤと自由を謳歌するために一度欲望を抑えるんだ。
名前:ダービー
種族:人間
職業:戦士
レベル:15
今の俺は田舎から都会に憧れて上京した青年、ダービー。田舎者ゆえ常識に疎いが、戦闘に関しては天性の才能を持ち、メキメキと頭角を表していく。
よし、こんな設定でいこう。
「お待たせしました。こちら冒険者ライセンスです」
渡されたのは鉄製のタグのような物だった。先程記入した内容が印字されている。
「転職した場合やレベルが上がった場合など、記入内容の変更をしたい場合は銀貨3枚で承ります。ただし50レベル以上の場合はギルド公認の鑑定書が必要となります」
ああ、それも金とるんだ。
まあ印字したのを書き換えるのは大変そうだしタダでできそうもないけど、なかなかこすい商売してんなぁ。
鑑定書?ってのはよく分からないが、ようは嘘ついて高レベルのフリはできないよってことだろう。
その他にも諸々冒険者ギルドの説明を聞いて解放される。
まずは掲示板から受けたい依頼をとって受付を済ます。そして目標を達成したら受付で金を貰う。
めちゃくちゃザックリ言えばそういう仕組みだ。
他にもダンジョンなる場所に行って見つけたお宝や、魔族から取れた有用な素材の買取もしているらしい。
さて情報収集ついでにこの世界を見て回ろう。
そのためには適当なパーティーに入って依頼を一緒にやりつつ、この世界の事を聞いてみるのがいいだろう。
というわけでパーティーを募集している一角に行ってみる。
手頃でダービー君戦士15レベルでも受け入れてくれそうなパーティーは・・・・・・
「後衛火力職募集でーす」
「回復魔法使える方ー!」
「罠解除が得意な人いませんかー!」
なんか、前衛ぜんぜん募集されてないな。
というかむしろ前衛の人が余ってる感じだ。俺の他にも何人か前衛で売り込みをしている人がいるが、みんな断られている。
なるほど、職業ごとに需要格差があるのか。それ冒険者登録する前に知りたかったな。勇者なら魔法使いとも言い張れるような派手な魔法も使える。こんな事なら魔法使いって言っておくべきだった。
銀貨3枚で書き変えられると言っていたが、さすがにさっき登録したばかりなのにもう書き換えたら不審すぎる。そんな目立ち方はしたくない。
「どなたかー。 斥候職(スカウト)なんですけどー 。ダンジョンいきませんかー」
どうしたものかと思案していると、1人の少女に目が止まった。まあ少女っても俺と同年代くらいだけど。ぴょこぴょこ動きながらアチコチのテーブルに声をかけまわっているが、まるで相手にされていないのか、無視され続けている。
おお、可哀想に。あのような少女でも日銭を稼ぐために健気に頑張っているのだなあ。それなのに周りの大人達は話も聞かないで、なんて冷たいんだ。
・・・・・・いや、彼らにとっても冒険者というのは命懸けの仕事だ。それなのに15.6ぐらいの少女の面倒を見てやる余裕は無いという事か。
どれ、ここは力持つ勇者の責任として、俺が人肌脱いでやろう。
「そこのお嬢ちゃん。俺で良ければ一緒に行ってやろうか」
「えっ!」
驚いた顔でコチラを見る少女。
「あ、あんた。ボクが見えるのか?」
「え、もしかして幽霊?」
「違うわ! ただの影が薄い一般人だよ」
ふん、と勢いよく突っ込む少女。なかなかにノリがいい。
「で、アンタは何もん? ちょっとタグ見せてみ」
「ああどうぞ」
「ふうん。ダービー、戦士、15レベル・・・・・・」
タグと俺を交互に見る少女。なるほど、タグはこうやって名刺代わりに使うのね。・・・・・・俺には少女のタグは見せてくれないの?
自分から言い出すかどうか迷っていると、少女と目があった。ジッと値踏みするような視線。その瞳がキラリと光る。比喩ではなく、確かに光った。
何かの魔法か何かか? 少女はそのまま考え込むように押し黙ってしまう。
「おーい?」
いいかげん沈黙が辛くなってきた辺りで少女はうんと大きく頷いた。
「まあ合格にしてやるか」
「え、なんの?」
「だーかーら、一緒にダンジョン行くんだろ? ちょっとレベル低いけど、ま、何とかなると思う。よししゅっぱーつ!」
「ちょいちょい、待てよ」
「なに? まだなんかあるの?」
なんかも何も、まだ大事な事を聞いてない。
「名前だよ名前。名前教えてくれ」
「あー」
少女は完全に失念していたのかポンと手を打つ。そして少し考えるような素振りを見せた後、踵を返しながら
「ジェンドゥ。ボクの名前はジェンドゥだ。よろしく」
「はあ、よろしく」
先を行くジェンドゥの後を追いかける。
なんかせっかちな奴だ。
ともかくこれが冒険者の初仕事だ。俺の心は期待に満ちていた。
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