第2話 異世界召喚されたらレベル999だった(過去形)

「夢じゃなかった!  夢じゃなかった!」

「どうしました勇者様!」

 

 ベッドの上で頭をかかえながら暴れ回る俺に、メイドが慌てて様子を見に来る。

 

「ああ、いや、なんでもないんです。ただちょっと夢じゃない事に絶望していて・・・・・・」

「はあ・・・・・・?」

「ほんとに、大丈夫です。今は一人にしてください」

「・・・・・・かしこまりました」

 

 恭しく礼をして部屋を出るメイドを確認すると、俺は大きくため息をついた。

 そして再びステータスを確認する

 

 ──

 名前:荼毘龍斗

 年齢:16

 種族:人間

 職業:勇者

 レベル:898

 特性:【竜頭蛇尾】

 

 ──

 

 レベルが・・・・・・下がっているっ・・・・・・!

 

 おかしい。昨日見た時は確かにレベルは999だった。それが一晩で101も下がっている。

 なぜだ?  何が原因なんだ?

 考えられるのは・・・・・・

 

 ①ナーロップ王国の連中が何かした

 まず考えられるのはこれか。昨日の宴会の時から貴族達が強すぎる俺を何とかしようと画策していたのは分かっている。

 魔王を討伐できるレベルを維持しつつ、ギリギリ俺をコントロールできるくらいのレベルに落とそうとしたんじゃないか?

 昨日俺は酒を飲んで酔っ払っていたし、色々食って浮かれていた。その中に何か仕込まれていてもおかしくない。

 

 ・・・・・・ちょっとカマかけてみるか。

 

 そんな事を考えていると部屋に近づいてくる足音があった。

 

「勇者殿。お目覚めになりましたか」

「えーと。辺境伯の某」

「ロベール・ペリシエですぞ」

 

 恰幅のいい偉そうなオッサンがメイドを引き連れてやってきた。

 まあ事実として偉いのだろう。辺境伯というのは確か国防を任された貴族だったはず。普通の伯爵などよりも高い地位と権限を持っていると聞いた事もある。

 昨日の態度からして俺に良い印象は持っていないだろう。俺のレベルが下がっていることに1枚噛んでいる可能性が高い。

 

「昨日は失礼致しました。吾輩も国防に携わる身。少々敏感になりすぎてしまいました。これからは共に手を取り合い・・・・・・」

「【時間停止】」

「なっ・・・・・・!」

 

 何やら喋り倒している某を無視して魔法を発動させる。突然の事に驚き辺りを見渡す某。瞬き1つしないメイドや、風に吹かれてたなびいた形で止まるカーテンに何が起きたのか察したのだろう。

 その恰幅のいい体型からは想像もつかない機敏な動きで部屋を出ようとする。しかし扉が開くことはない。

 本当はこんな手荒な事したくないんだけど。

 手っ取り早く心を読む魔法とか使えたらよかったんだが、どうも『勇者』という職業ではそういう魔法は使えないらしい。

 

「無駄だ。俺とお前以外のこの部屋の時間を止めた。逃げる事は出来ない」

「・・・・・・何が目的ですかな?」

 

 さすが辺境伯になるだけの事はある。某はすぐに冷静さを取り戻すと毅然とした態度でコチラに問いかける。

 殺すならわざわざ時間を止めたりせず直接殺す。にも関わらず某以外の時間を止めたという事は何かしら交渉をしたい、というコチラの意図に気づいたのだろう。

 

 うーん。この辺境伯、思ったより賢いかもしれない。昨日突っかかってきた時はボンクラ貴族かと思ったんだが、コイツにカマかけするのは失敗だったか?

 いやもうここまで来たらやるしかない。

 

「何か心辺りがあるんじゃないか?」

「はて、何の事ですかな」

「とぼけるなよ」

 

 俺は文字通り目にも止まらぬ動きで辺境伯に近づくと胸ぐらをつかみ、右腕の力だけでその体を持ち上げる。

 

「俺はさぁ、アンタらとは仲良くしたいと思ってるんだ。なのにこんな不信感を煽るような真似してほしくはないんだよ。今謝るなら水に流してやる」

「申し訳ないですが、吾輩には勇者様が何に激昂しているのか図りかねます」

「狸ジジイが。どうせ俺は異邦人だ。この国には尽くす忠義も義理もないんだ。昨日あの魔物共にしたようにこの国を更地にしてやってもいいんだぞ」

 

 左手に魔力を集中させる。漆黒の雷が迸り、辺境伯の頬を掠める。

 

「吾輩に何か不備があったのなら謝罪致しましょう。しかし勇者様が何をお求めなのか教えて頂かないことには吾輩にはどうする事も出来ませぬ。どうか今一度冷静になっていただけませぬか」

 

 ・・・・・・ダメか。

 そもそも海千山千の貴族に腹芸を挑もうというのが無茶だ。それに何か確証がある訳でもないし。これ以上続けて辺境伯に不信感を持たれてもアレだし、ここらが潮時か。

 

 俺は辺境伯を解放するとベッドに腰掛けた。

 

「ごほっごほっ」

 

 むせる辺境伯を見ながら考える。

 さて、今のどうやって誤魔化すか。後の事全然考えてなかった。

 

「して、いったいどうしたというのですか、勇者様」

「えーと・・・・・・」

 

 キョロキョロと辺りを見渡す。

 なんかないか。なんかいい感じの理由。

 ・・・・・・あっ。

 

「・・・・・・服だ」

「服?」

「ああ。俺がここに来た時に来た時の服が無くなっている。あんなのでも前の世界から持ち込んだ数少ない私物だ。手元に無いのは不安だ」

 

 今の俺は手触りの良いこの世界の服に着替えさせられている。恐らく俺が酔って寝ている間にやってくれたのだろう。

 

「そういう事でしたか。それでしたらただいまメイドが洗濯をしている最中ですぞ。今すぐ持ってこさせましょう」

「いや、所在がハッキリしているなら構わない。ついでにこの世界の洗濯の質も見てやろう」

 

 ちょっと苦しかったが何とか誤魔化せた・・・・・・か?  まあ多少怪しまれるのは仕方ない。

 

「あと、俺が望郷の念に駆られて熱くなった事はくれぐれも秘密にしといてくれよ。この歳になってホームシックなんて恥ずかしいからな」

「勇者様の頼みとあれば」

 

 俺は指を鳴らして【時間停止】を解いた。その瞬間、窓からそよ風が吹き込み、カーテンを揺らす。突然瞬間移動したように見える俺たちにメイドが困惑している。

 

「それで、何の用なの?」

「おお、そうでした。吾輩が来たのは勇者様に朝の挨拶と朝食の準備が出来た事を伝えに来たのですぞ。さあ行きましょう。朝食が冷めてしまいます」

 

 ○

 

 異世界の料理は美味いが、見た目から味が想像出来なくてビックリする。木の実かなと思って食べたら濃厚な肉汁みたいのがでたり、普通の肉かと思ったらイカみたいな食感だったり。

 美味いんだけど慣れるには時間がかかりそうだ。

 

 それに俺が重要人物だからなのか、だだっ広い食卓で一人で食事をするのも寂しい。周囲にはメイドやら護衛兵やらが何人もいるが、食事をせずにただ控えている。身分やらルールやら色々あるんだろうが、なんとも居心地が悪い。

 

 そんな事を考えながら、レベルが下がった原因を考える。

 貴族が何かしたという説はいったん置いておこう。そもそもそう簡単にレベルをどうこうできるようなら100レベルちょいのジミーが王国最強の騎士だなんだと持て囃されてないだろう。

 

 とすると次に考えれるのは

 

 ②魔族が何かした

 昨日倒した魔族の中にそういう能力を持った奴がいたとしてもおかしくない。

 これは何とかして調べる必要があるな。

 

「あー、メイドさん。俺のこの後の予定とか知ってる?」

「はい。朝食の後は第一軍議室にて対魔族軍略会議があります。その後昼食を挟み兵達への顔見せがございます」

「ああ、そう」

 

 退屈そ~。

 でもそれに出れば魔族の事について少しは聞けるか?

 ・・・・・・いや、ダメだ。貴族達には俺がレベルが下がった事は絶対に知られたくない。俺が今こうして歓待を受けているのはレベル999の無敵の勇者だからだ。その絶対性が崩れるような情報を万が一にも掴まれる訳にはいかない。

 何とか俺一人で原因を突き止め、出来ればレベルを元に戻さなければ。とすればやる事は一つだな。

 

 

「ごちそうさま。シェフに最高の料理だったと伝えてくれ」

「はい。では第一軍議室へ・・・・・・」

「その予定はキャンセルしといてくれ。俺はこの世界のことを知らねばならない」

「はい?」

「んじゃ、そういうことで」


呆気にとられている周囲を尻目に窓から飛び降りる。眼下に広がるのは日本では見られないような石造りの街並み。それらをぐるりと取り囲む城壁。その先には緑豊かな平原や森林。


それらを眺めながら落下していくと何だか改めて異世界に来たという実感が湧いてきて、勝手に口角が釣り上がる。


「はは!ハハハハハ!俺の物語の始まりだ!」

 

 

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