第146話 仁王

 今度は黒曜から一気に距離を詰め、刀を振るう。

 激しい剣戟の音が響く。

 剣戟の合間に、黒曜が刀に風を纏わせる。


風凛ふうりん


 黒曜の振り落としを八雲が左の刀で受け止める。


「これは剣で受けても止まらんぞ」


 八雲の体が、風により斬り裂かれる。


「ああ、そうかい」


 八雲は右手で握っているもう一本の刀で黒曜を水平に斬った。


「ぐっ……!」


 痛みでバランスを崩した黒曜を、八雲は蹴り飛ばす。


「ハハハ! 黒曜、お前とは久しぶりの殺し合いだが、腕落ちたんじゃねえか? このざまじゃ、アンタも期待できねえな」


 八雲はそう言って道弥を見る。

 道弥は無言で、胸のあたりをトントンと二回叩く。


(どういう意味だ?)


 次の瞬間、八雲が吐血し胸を押さえる。


(内臓をやられたか……!)


「風凛は内部を潰す。しっかり効いているじゃないか。それに俺は仲間が作った隙を見逃すほど馬鹿じゃない。金行・爆流葬ばくりゅうそう


 道弥の言葉と共に、金剛石で創られた槍が無数に八雲に向かって放たれる。

 風凛のダメージを吸収し切れていない八雲は咄嗟に取るも、金剛石の槍の嵐に呑まれた。

 周囲全てが金剛石で埋まったその光景は、この戦いが人外同士の争いであることを証明している。


 全身に金剛石の槍を受けた八雲は血塗れで、その場に立っていた。

 凄まじい妖気が八雲から放たれると、体が変形していく。

 そこには全長八メートルを超える巨大な鬼が立っている。


「勝負はこれからだ。死合おうぜ」


 鬼が笑った。

 その姿は仁王を彷彿とさせた。

 全身八メートルを超える真っ赤な巨躯に、二本の立派な角。鍛え上げられたその肉体は人間など触れるだけで肉塊に変えてしまうだろう。


 だが、何よりも目を惹くのはその溢れ出る妖気。

 特級妖怪だけが放つその妖気を浴びて、八雲の配下の多くが泡を吹いて倒れだした。

 それは勿論、人間側も同様である。


(意識が……遠のく! ただの妖気で……)


 天真が頭を押さえると、突然水中で息ができるようになったかのように体が楽になった。

 何があったんだ、と考え周囲を見るとそこには菅原家の皆を守るように莉世が結界を展開している。


「我が主の雄姿を、強さをその愚かなまなざしでしっかり見つめなさい。これからの日本を背負うであろうね」


 天真は冗談だろう、と言うことができなかった。

 それほど今目の前で行われている戦闘が、凄かったからだ。

 あの怪物・酒呑童子と戦っているのが自分より年下とは信じがたかった。


「空気がひりつくな。まさに修羅よ」


 道弥が完全顕現した八雲を見て呟く。

 そんな中、周囲に一陣の風が吹いた。

 その風の中心に居たのは、山伏姿に赤ら顔。完全顕現した黒曜の姿があった。

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