第144話 我が主
「蛟様!」
岳賢が叫ぶ。
(ここで攻めなければ勝てない! 俺への意識が全く向いていない今だから、あの一撃は当たったのだ)
だが、それは蛟も理解していた。残りの妖気を全て注ぎ込む。
「分かっておる! 水仙龍波」
蛟は直径十メートルを超える巨大な水流弾を放った。
その一撃は凄まじくまさしく天災というべき威力を誇った。
酒呑童子だけにとどまらず周囲全てを消し飛ばし、大きく地形が変わる。
その威力に周囲の者達も皆息を呑んだ。
沈黙だけがその場を支配する。
次の瞬間、蛟の胴体が両断された。
「蛟様!?」
岳賢が叫ぶ間に、蛟の上半身に雷が落ち一瞬で上半身が消炭になる。
抉れた地形の真ん中に服をぼろぼろになった酒呑童子が悠々と立っている。大したダメージは入っていないようだ。
「お前……蛟のおまけと考えていたがやるじゃないか。蛟の攻撃よりお前の先ほどの一撃の方がよほど効いたぜぇ」
ゆっくりと酒呑童子が岳賢の元へ歩く。
(勝てんか……)
岳賢は静かに膝をついた。
「酒呑童子よ、俺の命はくれてやる。だが、部下共は助けてやれないか? 奴等が戻れば更に強い奴がここに来るぞ?」
岳賢は最後に部下の命乞いを行う。
「……別にいいぜ。あいつらに興味はねえからな」
「駄目です、岳賢様! 貴方は菅原家当主! 貴方は生きないと! おい、俺を殺せ!」
天真が叫ぶ。
「楽しかったぜ。俺を傷つけられる人間は稀だからな。じゃあな」
無常にも酒呑童子の刀が岳賢に振り下ろされる。
だが、その一撃が岳賢に届くことはなかった。
「これは珍しい奴が来たな」
酒呑童子は自らの一撃を受け止めた者を見て呟く。
「久しぶりだね、八雲(やくも)」
そこには鞍馬天狗・黒曜が立っていた。
「なんだあ、黒曜。こいつ、お前の知り合いか?」
「いや、主の知り合いでな。その刀、下ろしてもらおう」
「いやだと言ったら? 天狗対鬼で殺しあうか?」
「お前が望むから僕は構わないよ?」
黒曜の言葉と共に空から十を超える大天狗が地面に降り立つ。
「主? お前また人間に従っているのかあ? 仮にも鞍馬天狗ともあろう者が」
(鞍馬天狗!? 京都中の天狗を従わせる伝説の大妖怪じゃないか! それに主だと? 鞍馬天狗を従わせる者が居るのか!?)
岳賢はその事実に息を呑む。
「僕の主は一人さ。これからもずっとね。もうすぐ来るよ、ほら」
黒曜の言葉と共に、大天狗が皆跪き道を作る。
(一体どれほどの化物がやってくるんだ? 鞍馬天狗すら従わせる妖怪。想像もつかねえ)
天真は心の中でどこかドキドキしていた。
自分の手には負えない妖怪達が次々現れるこの状況に、非現実感が勝ったのだ。
「ご苦労」
天から降り立つは、真に乗ってやってきた道弥。
「ど、道弥!?」
岳賢が驚きの声を上げる。
(道弥だって? あいつは確か今年陰陽師になったばかりの四級陰陽師だろう!?)
天真はその主の姿を受け止めきれなかった。
新米の四級陰陽師が伝説の大妖怪鞍馬天狗を従わせ登場する。
悪い冗談としか思えなかった。
鞍馬天狗の登場で安心したのも束の間、突然まだ戦場に居る気分となった。
だが、酒呑童子の反応は違った。
「痺れる登場じゃねえかよ。真に黒曜、それにその霊力。久しぶりだなあ」
「ああ」
「少し霊力、減ったんじゃねえか?」
「まだ若造だからな。伸び盛りなんだよ」
「そうかい。悪いが容赦はしねえぞ? 久しぶりに本気で戦える奴が来たんだからなあああ!」
そう言うと酒呑童子は妖気を放出する。
先ほどとは全く出力が違う。
(今までは本気ではなかったのか……やはり特級妖怪)
岳賢は小さな衝撃を受ける。
「久しぶりに共に戦おうか、黒曜」
「勿論だ、道弥!」
道弥の誘いに、子犬のような笑顔を黒曜は浮かべた。
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