第143話 彗星

 酒呑童子は岳賢と蛟を見ながら、悩んでいた。


「どうしようかねえ、使うか? いや、久しぶりの戦闘なんだ。楽しまねえとな」


 酒呑童子は剣に妖気を纏わせると、左手で来いとジェスチャーする。

 水辺から動くつもりはないようだ。


「来ねえのか?」


 酒呑童子が剣を振るうと、剣閃が蛟に向かって放たれる。

 それを巨体とは思えないほどの速度で躱すと、酒呑童子に距離を詰める。


「水辺では負けませんよ、悪鬼」


 蛟はそう言うと、口から水弾を放つ。

 酒呑童子は水弾に拳で応戦する。

 その一撃で、水弾がはじけ飛んだ。


「少し、びりびりしたな」


 酒呑童子が水弾に視線を移していた間に、蛟は尻尾を天に伸ばす。

 そしてそのまま尻尾を酒呑童子に振り下ろした。

 酒呑童子は振り下ろしに、再び拳で挑む。


 拳と尻尾が交差する。

 凄まじい轟音と共に、妖気が爆ぜる。

 だが、その威力は酒呑童子の方が高かった。

 その拳の一撃により、蛟の体が宙に浮く。


「今夜は蛇鍋だな」


 酒呑童子は浮いた蛟を斬ろうと剣に強く握る。


「水行・水牢」


 次の瞬間、酒呑童子が水でできた球体の檻に包まれた。

 息もできない水製の檻である。


(うっとおしいな)


「放雷」


 酒呑童子の全身から雷が放たれ、檻がはじけ飛んだ。


(一瞬で弾かれたか……だが、十分だ)


 岳賢の檻は、蛟の隙をしっかりとカバーできた。

 蛟は尾を妖気で強化すると、槍のように突き出した。

 まさに神速とも言える突きにも関わらず、酒呑童子は触れるか触れないかのところで躱すと、刀を抜いた。

 攻撃に合わせるように抜いた一撃は、尻尾を大きく斬り裂いた。


「ぐっ……水龍斬渦すいりゅうざんか!」


 蛟の言葉と共に、酒呑童子を覆うように、激流の渦が生まれる。

 その中には嵐のように斬撃が入り乱れ酒呑童子を切り刻む。

 だが、これで終わりではなかった。

 蛟は再び尻尾を天高く上げると、その体全体を妖気を込めた水で覆う。


「砕けなさい、水龍槌すいりゅうつい!」


 神の本気の一撃が、振り下ろされた。

 凄まじい衝撃と共に地面が砕かれる。

 周囲の鬼も、菅原家の皆も固唾を呑んで見守っていた。


(頼む……これで死んでくれ! 頼む!)


 天真は両手を組んで神に祈るようなポーズを取る。

 彼の命運も全てはこの戦いにかかっている。

 砂煙が晴れるとそこにはその一撃を堂々と受け止めていた酒呑童子の姿があった。


「ちっとは効いたぜ。だが、まだ足りねえ。もっと力を出し切らねえと死んじまうぜ? 紫雷」


 角から発された紫色の雷が、蛟を貫いた。

 蛟の腹部に雷に焼かれ、大きな穴が空く。


「終わりだぁ、蛟」


 酒呑童子が剣を握ろうとするその瞬間、岳賢が呪を唱える声が響いた。


「水行・水華彗星すいかすいせい


 その言葉と共に、岳賢の手から極限まで圧縮された水が、弾丸のように放たれた。

 弾丸は酒呑童子に回避する時と与えぬほど速く、その胸を貫いた。


「ガハッ」


 初めて確かなダメージを負う姿を見せた酒呑童子の動きが止まる。

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