第129話 作戦3

「おーい、なんだあ? 来ねえのか? ならこっちから。紫雷」


 酒呑童子の手から紫色の雷が放たれる。

 それを白が岳賢を咥えて躱す。


「エン、三で行く」


「ええ、勘弁してよお! 人でなし!」


 岳賢の言葉にエンは文句を垂れるも、その巨体を活かした大きな一歩で酒呑童子へ距離を詰める。


「大鬼一匹で俺を止められると思ったのかあ? 飛雷」


 エンはパンツから護符を取り出し、結界を展開しながらそのまま走る。

 だが、飛雷はあっさりと結界を貫き、エンの腹部を抉る。


「痛てえ! くらえ、地獄打ち!」


 金棒に雷を宿したエン渾身の一撃が酒呑童子に向かって振り下ろされる。

 それはあっさりと酒呑童子の手に止められる。

 そのまま酒呑童子はエンの腹部に拳を叩きこむ。


「ゲエ!」


 拳たった一発。それだけでエンの腹部に大きな穴が空く。


「ちく……しょう!」


 エンは虚ろな目をしながらも、その両手で酒呑童子に抱き着く。


「なんだ、お前も時間稼ぎかあ?」


 酒呑童子が呆れたような声色で言う。

 目の前の大鬼を雷で消し飛ばそうとした瞬間、岳賢の声が聞こえた。


「臨兵闘者皆陣列前行。水行・大瀑布だいばくふ! 急急如律令!」


 岳賢の護符から、まるで津波が来たのかと錯覚するほどの水流が生まれ酒呑童子に襲い掛かる。

 全てを潰さんとする瀑布が酒呑童子に叩き込まれ、そのまま吞み込んだ。

 呑まれた酒呑童子はそのまま流され、水流に溺れる。


「ぐぅ……」


 流された酒呑童子がなんとか立ち上がる。

 気付けば後方の池の中心まで流されたようだ。


「ハハ、面白い催しだったがたいしたダメージは入っていないぞ、陰陽師よ。これからどうする?」


「酒呑童子よ、我等菅原家がなぜ何百年も御三家として君臨できるか分かるか?」


 突然の岳賢の問いかけ。酒呑童子は首を傾げるも、素直に答える。


「それは強いからだろう? 人にしてはな」


「それも勿論理由の一つだ。だが、一番の理由は脈々と受け継がれしモノがあるからよ! みずち!」


 次の瞬間、池の中から白い鱗に包まれた巨大な胴体が姿を見せ、酒呑童子を捕える。

 捕えると同時に蛟は顔を池から出し、その鋭い牙で酒呑童子を貫いた。


「酒呑童子様!?」


 茨木童子が叫ぶ。


 蛟。

 日本の神話や伝説に登場する竜、水神である。

 その歴史は古く、『日本書紀』や『万葉集』にも蛟の記載が確認できる。

 その白い鱗に包まれた神々しい見た目は、民から崇拝されるのも納得できる美しさだった。


 現在蛟は代々菅原家当主が使役し、菅原家の強さを支える大妖怪と言われている。

 だが、実際は蛟に認められた者が当主になるというのが正しい。

 その牙は実際に今まで傷一つつけられなかった酒呑童子を確かに貫いている。


「ハハハ、蛟かあ。聞いたことがあるぜえ。まさか主が居たとはなあ」


 貫かれた酒呑童子は笑っていた。


 「紫雷」


 酒呑童子の手から放たれた紫の雷は、蛟の下顎から頭部をそのまま貫いた。


「蛟様!?」


「慌てるな、このまま奴を砕く!」


 頭部を貫かれても蛟はその締め付けを緩めることはなく、更に締め付けの力をあげる。


「心地よいなあ」


 酒呑童子はその両腕で無理やり締め付けから抜け出すと、蛟の胴体の上に乗る。


「晩飯は蛇だ!」


 酒呑童子は上から持っていた刀を振るう。


「させん! 守護護符よ、その力を示し、仲間を守護せよ!」


 岳賢が護符を投げて、酒呑童子と蛟の間に結界を展開する。

 その一撃を受けて結界はすぐに砕けるも、蛟の鱗により止められた。


 止められたにも関わらず、酒呑童子はすっかりご機嫌だ。


「俺の体を傷つけられるのは久方ぶりだあ。良い式神を持っているなあ。もっと遊ぼうぜえ!」


「岳賢よ、あ奴をこのまま人の世に出してはなりません。なんとしてもここで止めますよ」


「分かっております、蛟様」


(蛟様の牙でも、奴を一撃で仕留めることはできなかったか……)


 岳賢は自分の目の前に居る妖怪の強さにため息を吐きたくなった。


「第二ラウンドだなあ」


 一方、酒呑童子は歯を見せて笑っていた。

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