第115話 鬼の頭領

 兵庫県のとある山の高地に奥大池おくおおいけという池がある。

 その池には土地神がおり、兵庫を管轄する陰陽師との仲も良好で周囲の山一帯を保護していた。


 鹿の姿をしており神を冠するだけあり高い神力を携え、その土地にやって来た妖怪を祓い守り神としても周囲に好かれていた。その力は一級妖怪にも相当すると陰陽師達は認識している。


「なぜ……こんなことを!」


 土地神の悲鳴に近い声が池に響く。

 次の瞬間、土地神の首が刎ねられ宙を舞う。

 池の周囲は土地神の眷属である鹿の眷属の死体が大量に転がっている。

 立っているは大量の鬼達。


「土地神なら少しは遊べると思ったが、弱いな。つまらん」


 土地神を斬った男はつまらなさそうに言った。

 無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪を左右に分けている。

 痛んだ和装を着崩しながら羽織っているが、その顔は汚れながらも整っていた。

 だが、一番の特徴は何と言っても額に生える二本の角である。


酒呑童子しゅてんどうじ様、これからどうなさいますか?」


 そう尋ねたのは女性ものの着物を着た驚くほど整った顔をした鬼である。

 青いおかっぱ頭に、綺麗な瞳。だが、その顔は恐ろしく冷たく額には勿論二本の角が見える。


 酒呑童子。

 丹波国と丹後国の境にある大江山に住んでいたと伝わる鬼の頭領。

 千年以上前、数多くの鬼を部下として従え、貴族の姫君を誘拐等の悪行を働いていた。

 日本三大妖怪の一角としても数えられる大物である。

 酒呑童子は、部下達から大瓢箪に入った酒を受け取ると一気に呷り、空になった瓢箪を放り投げる。


「いやあ、しばらくはここに居る。こいつを殺したことで他から強ええ奴が来るかもしれねえからな」


「鬼よ……いたずらにこのようなことをしていると、いつか後悔をするぞ?」


 首だけになった土地神が告げる。


「戦で死ぬなら本望だあ。つまらねえ戦ばかりで死にそうなんだ」


 それを聞いた頭領は笑いながら土地神の顔を踏みつぶした。


「お前等宴だ! 酒を用意しろ!」


「「「「おおお!」」」」


 鬼達は多くの死体が転がるなら酒盛りを始める。

 しばらく盛り上がった頃、酒呑童子は霊力を感じ目線をあげる。

 その視線の先には、陰陽師の姿があった。

 兵庫県陰陽師支部長である二級陰陽師である。


「土地神様!? なんてことを……!」


 陰陽師の男は土地神の首の無い死体を見て、叫び声をあげる。


「お前達、いったい何者だ? なんの目的でこのようなことを?」


 陰陽師は護符を取り出しながら、尋ねる。

 だが、一方酒吞童子の目は冷ややかだ。


「この程度しかいねえのか。つまらん」


 そう言って再び酒を呷る。


「宴には催しが必要でしょう。私が」


 そう言って立ち上がったのは先ほどから横で酒呑童子に酌をしていた青髪の鬼。


「鬼風情が! 陰陽師を舐めるな! 臨兵闘者皆陣列前行」


紫雷しらい


 青髪の鬼の指から雷が放たれ、その雷は陰陽師の頭部に穴を空けた。

 陰陽師はそのまま地面に倒れ込み、二度と動くことはなかった。

 その見事な一撃に鬼達が一気に盛り上がる。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


「やるじゃねえか。しばらくはここを根城にするぞ。少しはおもしれえ奴が来るといいんだが」


 こうして酒呑童子率いる鬼の一行が、その場を占拠した。

 土地神と支部長の死は日本に大きな波紋を呼ぶことになる。

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