第112話 人面瘡
道弥との出会いを経て、陰陽師に復帰した佐渡呉斗は依頼を受けてある家を訪れた。
東京の一等地にも関わらず大きな塀に囲まれ、中には誰もが羨むほどの和風の豪邸が建っている。
木造の立派な門をくぐり、石畳を抜け屋敷に入る。
「佐渡様、こちらです」
お手伝いさんに案内され、呉斗はある一室に辿り着く。
「旦那様、佐渡二級陰陽師がお越しになられました」
「そ、そうか! 中に入って貰ってくれ!」
襖を開くと、そこには大きなベッドに辛そうな表情で寝ている少女と、寄り添う男性が居た。
周囲には見渡す限り様々な除霊用の道具が転がっている。
「佐渡さん、どうか! どうか娘を救って下さい! お願いします!」
父親と思われる男は懇願するように、頭を地につける。
「見せて頂けますか?」
呉斗の言葉を聞き、男は少女の服を捲る。
少女の腹部には巨大な人の顔のような腫瘍ができていた。
既に腹部はいくつもの顔で埋め尽くされており、その酷さに呉斗は眉を顰める。
「
人面瘡。
昔から妖怪、奇病の一種と呼ばれ人々を苦しめていた。
その歴史は古く、千年以上前の唐の段成式による『酉陽雑俎』に人面瘡の記載がある。
人面瘡は、呉斗に気付くと更に顔を歪める。
「佐渡さん、どうかこいつを祓って下さい。娘はもう立つこともできなくなったんです……」
父親は泣きながら言う。
「まあた、来たのか。無理だってのに、こりない、ねえ……」
人面瘡はくぐもった声で馬鹿にするように言った。
「お前、話せるのか!? 早くその少女から離れなさい。さもなくば、力ずくで祓う」
「やれる、ものなら、な。無理に剥すと、この女も死ぬぞ?」
呉斗は怒りで顔をわずかに歪ませた後、周囲に護符を並べ始める。
(完全に意識がある人面瘡……かなり同化が進んでいる。間に合うか?)
呉斗は用意を終えると焦りを顔に出さずに、呪を唱え始める。
「
五芒の形に置かれていた護符が互いに霊力を流し五芒星の形を描く。その中心である人面瘡に降り注ぐように浄化の光が輝いた。
先ほどまで余裕の表情を浮かべていた人面瘡が叫び声をあげる。
「ぐうううああああ!」
だが、それ以上に耐え切れなかったのは既に疲れ切った少女の体だった。
「きゃあああああああああああ!」
少女の体はまるで陸に打ち上げられた魚のように暴れまわる。
明らかに危険であることが分かる。
「
父親が頭を抱えて叫ぶ。
(駄目だ……! 思ったよりも同化が進んでいた。これでは浄化終わりまで少女が持たない)
これ以上浄化を続けると、少女が先に駄目になることを呉斗は感じ取り、術を打ち切る。
白目を剥いて倒れる少女を尻目に、人面瘡は呉斗を睨みつける。
「酷え奴だぜ、俺と都はもう離れられないってのによお」
父親は項垂れる様に床に顔を当てる。その床は僅かに濡れていた。
結局呉斗は人面瘡を祓うことができなかった。
玄関で呉斗は父親に頭を下げる。
「力不足で、大変申し訳ございません。何か方法を思いつけばすぐにまた伺います」
「ありがとう、ございます」
父親は死んだ顔で頭を下げた。
呉斗が去った後、父親は壁を思い切り殴りつける。
「どうしたらいいんだ! もう都には時間がない……一級だ! 二級で駄目なら一級陰陽師を呼べ!」
「既に協会にも依頼はしており、一級陰陽師の事務所に声もかけているのですが……皆忙しいようで都合がつかないようです」
それを聞いたお手伝いさんが申し訳なさそうに答える。
一級陰陽師は現在八名のみ。
彼等にしか祓えない妖怪も多いため、深い繋がりがない場合急な依頼など基本受けることはない。
「金はいくらかかっても良い。必ず一級陰陽師を呼ぶんだ」
「畏まりました」
一方、呉斗はその夜に悩んだ末一本の電話をかける。
「もしもし、お疲れ様です。今時間大丈夫ですか?」
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