第110話 過去
その顔を見て、俺は嫌な予感がした。
「道弥か……。この間はすまない。謝ってすむような問題ではないと思うが。芦屋家と安倍家の本当の過去を知ったよ」
知ったのか!?
いったいどうやって。
「知った、のか……」
「私は何も知らずに……! 本当にすまなかった!」
夜月はそう言って、嗚咽を漏らす。
溢れる涙が、雨と共に地面に落ちた。
「知るはずがない。千年も前の話だ」
「自分でも、馬鹿なことを考えているとおもうんだが、どうしてもその考えが頭から放れないんだ……。道弥は千年前に生きていたんじゃ?」
俺の言葉を聞き、夜月は震えるような声でこちらに尋ねる。
馬鹿なことを言っているとは本人も思っているのだろう、自嘲するように笑う。
だが、その予想は図らずも当たっていた。
そして、その質問の答えは決まっていた。
「生きている訳ないだろう? 何を言っているんだ?」
夜月に俺の正体を伝える必要はない。
俺はお前の兄貴に家族を、俺自身を殺されたとは言えなかった。
「そうだよな。私もそう思うよ。忘れてくれ。だが、道弥が言っていたのは平安時代の話だろう?」
「ああ……過去の話だ。だけど、一族の大事な話だ」
俺はそうとしか言えなかった。
「私には今、地位も力も何もないが……いつか必ずあの事実は公表する。そして、芦屋の汚名を雪ぐと誓う! だから……」
「もう止まれないんだ。いくら夜月の言葉でもな」
「そんなの駄目だ! 私が道弥を止める!」
お互い大切なものがあるのは分かる。あいつがいくら屑でも、夜月からすれば血を分けた兄妹だろう。
だが……。
「邪魔をするのなら、夜月、お前も敵だ」
俺ははっきり告げる。
それを聞いた夜月の顔が一瞬曇る。
「なぜこちらを覗いている? 姿を見せろ」
俺は背後の木々を見て、声をかける。
すると、中年の男が顔を出す。
「娘を探していてね。悪いがつけさせてもらったよ」
「お父様!?」
俺はその言葉で相手の正体を察する。
見たことあると思ったが、安倍家現当主、安倍信明か。
どおりで、凄まじい霊力だ。
「覗き見とは趣味が悪いな」
「君の言う通りだ。君のことは知っているよ。九尾を調伏したというのは本当かい?」
「まさか。ただの妖狐ですよ。尾ひれがついたのでしょう」
「そうかい。変なことを聞いてすまないね。夜月、帰って来なさい。皆心配している」
「……はい」
「よろしい。では、失礼するよ」
信明はそう言うと、そのまま姿を消した。
「邪魔が入ったが、伝えることは伝えた。もう戻れ」
「私の意見は変わらない。今の私では力も発言力も足りない。だから……私は安倍家当主になる。そして全てを公表する。少しだけ待っててくれ」
夜月ははっきりとそう言った。
本気で言っている。
「すきにしろ」
俺はただそう返した。
それで彼女の気がすむのなら。俺は俺で動くからだ。
俺は黒曜戦を経て戻った霊力を感じながら、これからの戦いに思いを馳せた。
巨大な八咫烏に乗りながら、信明は帰路に着いていた。
その翼の全長は八メートルを超える。
その姿の神々しさは、八咫烏が神の遣いだと言われていたのがよくわかる。
「奴は本物だ。奴は間違いなく一級以上の実力がある。岳賢がほれ込んだのも分かる。早めに消すか?」
信明は一目見て、道弥の実力を見抜いていた。
「主がそれほど警戒するのは珍しいですね」
八咫烏が尋ねる。
一流の者は、陰陽師は年齢で判断できないことを知っている。
その実力者が安倍家と天敵の芦屋家だとすれば警戒してしまうのも無理はない。
「奴をまともに相手にできるのは私か晴海しかいるまい。そのレベルだ。だが、消さなくてもうちには晴海がいる。晴海は千年に一度の天才。晴海ならば、必ずあの子供にも勝てるだろう」
しばらく考えるが最後は晴海への信頼が勝った。
だが、くしくもこれで道弥は日本を代表する陰陽師から目を付けられることとなった。
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