第105話 本気を

「それにしてもなぜあの馬鹿は、道弥様を忘れたなどと言っているのでしょうか? 奴も道弥様のことを心酔していたと思うのですが」


 莉世が首を傾げる。


「さあ、千年経てばそういう奴が出ても仕方ないとは思うが……」


 妖怪からすれば俺達の日々は短すぎたのかもな。俺達が一緒に居たのは十年かそこらしかない。 


「だけど、俺からすればかけがえのない日々だったよ、黒曜」


 楽しかった過去を思い出し、少しだけ笑ってしまう。

 だけど、目の前の黒曜はそうではないようだ。鋭い目でこちらを見据え、剣を抜く。


「天裂」


 黒曜から山をも切り裂く一閃が俺めがけて放たれる。


「道弥様、危ないです!」


 身を差し出して、守ろうとする莉世を、手で制する。


「臨兵闘者皆陣列前行。金行・八咫盾やたのたて!急急如律令!」


 俺の目の前に金属でできた丸盾が生まれる。八咫盾は霊力を纏い煌々と輝いている。

 俺は八咫盾を少しだけ傾け、斬撃を受ける。

 斬撃は八咫盾に当たるも、そのまま逸れて明後日の方向へ飛んでいった。


「誰の心配をしている、莉世」


「流石です! 道弥様!」


 莉世が嬉しそうに言う。

 俺の陰陽術で最も硬い八咫盾でも受け流すので精一杯とは、霊力が落ちていることが響いている。だが……命がけの戦闘と言うのはやはり、滾るな!


「行くぞ、莉世。俺が奴の斬撃は全て防ぐ。好きに動け」


「承知!」


 俺は莉世の右側に寄り添うと、共に黒曜に襲い掛かる。

 黒曜は不快そうに再び刀に手を当てる。


「その大きな体を守れるか? 天裂!」


 黒曜は莉世を狙って、三連閃を放つ。俺は八咫盾を莉世の周囲に展開し、全て逸らす。

 俺達は斬撃を逸らしながらどんどん黒曜に迫る。


「この……その盾が壊れるまで斬って――!?」


 そう言った黒曜の右手に、木の蔦が結びつく。


「木行・呪縛蔦じゅばくづた


 俺は地面に手を当てる。地面から黒い蔦が黒曜を覆うように包みはじめる。

 一瞬、それにより動きが止まる。その隙に既に莉世の爪は黒曜に届く距離まで迫っている。


「九尾爪」


 深紅の妖気を纏った莉世の爪を、直前で剣で受け止める黒曜。

 ぶつかり合った一撃は、莉世に分配が上がる。そのまま黒曜は大きく吹き飛ばされる。

 宙を舞う黒曜。だが、何回転もした後、黒曜はその漆黒の翼を広げ、宙にとどまる。

 かなり効いてそうだが……まだだな。


「いっきに攻め立てるぞ」


「分かりました」


 俺達は宙に浮かぶ黒曜を再び狙う。

 黒曜ももはや手加減無しに剣閃を無数に放つ。

 莉世に襲い掛かる斬撃は全て俺が受け流す。

 莉世は俺が作った隙に、口から火を放った。

 それを見ていた黒曜の顔が怒りに染まる。


「なんっと美しい連携……許せないッ!」


 その言葉と共に、黒曜の全身から妖気が迸る。

 本気で来るな。


「莉世」


「はい、分かっております」


 俺達は警戒心を限界まで引き上げ、備える。

 上空に雷雲が現れ、天候が変わり始めた。この山の上空のみ、突風が、雷雨が吹き荒れる。


迅嵐じんらん天狗風てんぐかぜ


 黒曜は祈るように両手を合わせる。それと同時に、この山を中心に巨大な竜巻が吹き荒れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る