第96話 決意
佐渡さんの長い述懐が終わる。
「そう、これはけじめなのですよ。六年前の失敗にケリをつけるために。今まではどこか半信半疑でしたが、おそらくこの騒動の元には牛鬼がいる。私はそう確信しています。話はこれで終わりです。二人はそろそろ帰りなさい。私がこれからすることはただの依頼の妨害にすぎないのですから」
佐渡さんはそう言った。
確かにこんな過去があったんじゃ陰陽師に絶望しても無理はない、か。
「信じていた父に裏切られ、絶望したというのは分かりました。だけど、陰陽師は父だけじゃないでしょう」
「それは……そうですが」
「酷い陰陽師も居れば、尊敬に値する陰陽師も居たはずです。貴方が尊敬されるような立派な陰陽師になればいい。今回けじめをつけて」
「私は……そんな立派なものではありません。ただ、昔の自分のしりぬぐいに来たただのサラリーマンですよ」
「そんな過去があるんじゃ、止められませんね。約束は守ります。おとなしく駅へ」
「道弥、何言ってんの!? そんなところに佐渡さん一人でやるっていうの!?」
俺の言葉に、未希が大声を上げる。
「私はしっかりと話しました。君達も約束は守りなさい。危険です。それに……道弥君、強くても君はまだ子供です。大人というのは、いくら子供が強くても心配してしまうものなのです」
「佐渡さん、これを。もしかしたら必要になるかもしれないから」
俺は佐渡さんにある物を手渡す。
「こんなもの、私が使うことになるとは……ですがせっかくなのでもらっておきましょう」
佐渡さんは笑いながら受け取った。
「それでは。ご武運を」
俺は頭を下げる。
「ありがとうございます。ケリをつけたら戻りますので、ご心配なく」
駅へ向かおうとする俺を、未希が追いかけてくる。
「ねえ! あんた本当に戻るつもり!?」
「行きますよ、未希さん」
俺は駅へ向かった。
◇◇◇
呉斗達が村に戻る三十分ほど前の話。
理伝村に一匹の妖怪が舞い降りた。姿は人型で、ぱっと見は長身の若い男にしか見えない。だが、そのぴりついた雰囲気は多くの人が避けるには十分だった。
「牛鬼様、こちらです」
村長は牛鬼と呼ばれる若い男を雪乃の家に案内していた。
「お前、時期に呉斗が戻ってくる。その時は依頼を取り消せ。分かっているな? 邪魔者は必要ない」
「は、はい……! ですが、代わりに今日宝華院家の者から電話がありまして。依頼を受けたいと。いかがなさいますか?」
「……面倒だな。まあいい。そいつらに受けさせろ。連携されるのが厄介なのだ。そいつらは先に殺す」
牛鬼はそう言うと、雪乃の家のドアを吹き飛ばす。
吹き飛んだドアの先には雪乃が立っていた。
「あんた、加減という言葉を知らないの?」
雪乃は心底軽蔑するような声色で吐き捨てる。
「そんなもの知らんな。来い、お前は奴を誘う良い餌になる」
「行くと思う?」
「構わんがその際は、ここに住む村人は皆殺しになるぞ?」
淡々と牛鬼は言う。
「連れ去った他の女の子は生きているんでしょうね?」
「勿論だ。人質として、使うんだからな」
「私一人居れば十分でしょう? 他の人は解放して。それが条件よ」
「いいだろう。来い」
「先に連れ去った子に会わせなさい」
雪乃はそう言って、牛鬼の後ろをついていく。
(きっと呉斗は牛鬼を倒しに来る。その時、邪魔にならないように人質の子達だけでも救出しないと……!)
雪乃は決意を固めていた。
牛鬼達は、大回りしながら住処である洞に辿り着いた。
「女の子達はどこ?」
「奥にいるさ」
奥へ進むと、そこにはやせ細って怯える少女達が居た。
「ひ、ひぃ……!」
少女達は戻って来た牛鬼を見てわずかに震える。
雪乃は怯える少女達の元に駆け寄ると、声をかける。
「もう大丈夫よ、今逃がしてあげるからね」
次の瞬間、雪乃の首元に牛鬼の手刀が襲い掛かる。雪乃はそれを氷の壁を生み出すことで受け止める。
「中々、良い勘してるな」
「やっぱり嘘を吐いたわね。誰があんたの言葉なんか信じるのよ!
雪乃は自ら放てる最大級の技を放つ。
一瞬で牛鬼の体が氷付けになる。
「皆、今のうちよ! 早く逃げて!」
「「「はっ、はい!」」」
連れ去られた少女を誘導し、洞を走らせる。
だが、後ろから氷が砕ける音がする。
雪乃が振り向いた先には、にやにやと笑う牛鬼の姿があった。
「やっぱり……! けど、少女達は逃がさせてもらったわ」
雪乃は、後は自分が時間を稼げば逃げられると考えていた。
「ハッハッハ、俺がお前の浅知恵程度、見抜けないと思ったのか?」
牛鬼は大笑いすると、左手を何かを引っ張るように動かす。
すると、逃げていた少女達が悲鳴と共にこちらに引き摺られて戻って来た。
よく見ると、少女達の手首には見えない糸が結ばれていた。
「遊びは終わりだ」
牛鬼はそう言うと、雪乃の腹部に一撃を入れる。
「さて、準備といこうか」
牛鬼は雪乃を引き摺りながら、洞の外へ向かった。
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