第95話 けじめ
だが、警察も間抜けではない。状況証拠から源次を殺したのは呉斗ではないことに気付いていた。
呉斗の話を一通り聞いた近藤は手帳を閉じる。
「なるほど……特に貴方の話に矛盾はないですし、貴方の傷からも二級妖怪以上がそこに居たことは確かです。貴方が殺したという証言もありましたが、おそらく被疑者になることはないでしょう。今回はお気の毒でした」
そう言って、近藤は頭を下げる。
「いえ……陰陽師というのは死と隣合わせですから。牛鬼の死体は、今?」
「死体は現場にはありませんでしたよ? 完全に祓ったのだと思っていましたが、違うのですか?」
呉斗は後半殆ど無意識で戦っていたため、あまり記憶がなかった。
「すみません、後半殆ど記憶がなくて……完全に祓ったのでしょう」
「なら良かった。それでは、失礼します」
近藤はそう言うと、席を立った。
翌日、退院した呉斗は理伝村に戻る。
だが、そこに呉斗の居場所は既になかった。
「……仲良かったとおもったんだけどねえ。まさかお父さんを殺すなんて……そこまでして当主になりたかったのかしら」
「葬儀にも参加しなかったらしいわよ。酷いわねえ」
呉斗は自分への陰口で、父の葬儀が終わったことを知った。呉斗が陰口を叩く方を見ると、村人達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(全てを公表はできない。村ぐるみで、妖怪と繋がっていることが広まったらこの村は終わり。何も知らない無実の村人にも批判がいくことは想像に難くない)
呉斗は今後について考えていた。
(次期当主の座のためだって……笑わせる。そんなもの要らないさ。何が人を守る陰陽師だ。その陰陽師が、妖怪に人を差し出していたなんて……笑い話にもならない。もう陰陽師なんてこりごりだ)
呉斗は実家に戻ると、陰陽師を辞めるとだけ伝えて、逃げるように村を出た。
(雪乃には合わせる顔がないな……結局彼女の言っていたことは全て事実だった訳だ。佐渡家が、彼女の妹を妖怪に差し出したのだ。あの時、彼女に殺されてやればよかった)
と自嘲する。
全てに絶望した呉斗はそのまま東京へ向かった。
その頃テレビでは呉斗の二級陰陽師への昇格が報じられる。単独で牛鬼を仕留めたその実力を評価してのことだった。
だが、そんなもの、呉斗からすれば何の慰めにもならなかった。
呉斗は引退届を陰陽師協会に提出する。
「これは保留しておこう。今は辛いかもしれんが……いつかその力が必要になる時が来る。人生に休息は必要だ。今は休め」
引退届を受け取った当時一級陰陽師でありあった菅原岳賢はただそう言った。
(もう、俺には必要ない力だ……)
呉斗はその後、東京大手企業に営業職として就職する。二十二歳とは思えない冷静沈着な態度、陰陽師業界という異様な業界とはいえ、限りなく出世したという経歴は就職活動においても評価された。
終電帰りを繰り返す日々。まるで自らを罰するような働き方をしていた呉斗の元に、理伝村のニュースが届く。
「まさか……生きていたのか? もう陰陽師として戦うつもりなどなかったが、けじめは、つけないといけないな」
呉斗はテレビを見ながらそう呟くと、六年ぶりに霊符を作り始める。
箪笥にしまわれた狩衣を取り出し、しばらく見つめた結果そのまましまう。
「陰陽師を捨てた私が狩衣を着る資格はありませんね。私の正装はスーツなのですから」
呉斗は人を集め、再び理伝村へ戻る決心を固める。六年前のけじめをつけるために。
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