第62話 勝てない

 夜月達は中鬼を探して歩を進めていた。

 北に行くにつれ、妖怪が減っていることを皆肌で感じていた。


(嫌な雰囲気だな……。中鬼なら四級程度のはず。嫌な予感がしたなら引くべきだが……百が欲しい。百点あれば、道弥に並べる。弟子としては師匠越えを達成して、道弥を驚かせたいものだ。どんな顔するかな、あいつ。思い切り悔しがるだろうな)


 夜月は悔しがる道弥を浮かべて独り笑いする。

 危険に備え、夜月は手で印を結ぶ。


「臨(りん)兵(ぴょう)闘(とう)者(じゃ)皆(かい)陣(じん)列(れつ)前(ぜん)行(ぎょう)。我が声に応え、出でよサクラ。急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」


 その言葉と共に、ピンク髪の少女が召喚される。

 年は夜月と同じくらい。

 だが、普通の姿と違うのは頭部に黒く大きな丸耳と、尻に太く先っぽが黒い尻尾があった。

 人の姿をしているがその正体は妖狸(ようり)だった。


 「お久しぶりですー! やっちゃん、元気ー?」


 と桜は呑気に夜月に挨拶をしている。


「元気だ。これから戦闘になるかもしれないから、先に呼ばせてもらった」


 一方、夜月は淡々と返す。


「了解! 確かに嫌な雰囲気だね」


 サクラは顔を引き締める。

 すると突然、まるで雷鳴が轟いたかのような音が響く。

 それに小さな悲鳴を聞こえた。


「サクラ、向かうぞ」


 夜月は音の聞こえた方向へ走る。

 木々の隙間から音のする方を覗くと、受験生と戦っている白い中鬼を見つける。

 姿を見た瞬間、夜月は力の差を感じる。


(あれは……私達が勝てるレベルではない。少なくとも、上級陰陽師の力が要る)


「中鬼の変異種……まずいね」


 サクラの尻尾が逆立っている。


「速く逃げましょうよ! 殺される……」


 夜月のチームメイトに至ってはその妖気に当てられて顔も真っ青になっている。


「ああ、逃げよう」


(陸の奴、私じゃ勝てないと見込んで教えたな。見事に騙された。だが、奴の誘いに乗って、むざむざやられるつもりはない)


 夜月はすぐに撤退のため立ち上がった。


「があっ!」


 すると、中鬼と戦っていた青年の式神が祓われた悲鳴が響いた。

 青年はただ一人で戦っていた。残りの二人は逃げたのか、逃がしたのか。

 式神も祓われ、男はただ茫然と中鬼を見つめていた。足は震えており、恐怖で顔は引きつっている。


「終わりだ」


 興味なさげに中鬼は青年の頭にこん棒を振り下ろす。

 霊力と妖気が爆ぜる音が響く。

 夜月が咄嗟に、結界でこん棒での一撃を防いだのだ。


「逃げるぞ! 早く!」


 青年に向かって、夜月は叫んだ。




 夜月を見ても、中鬼の表情は特に変わらない。


「お前は強いか?」


「どうだろうな?」


 夜月はそう答えながら、必死で今後について考えていた。


(逃げ切れるか? だが、まともに戦っては勝ち目はない!)


「す、すまない」


 立ち上がった青年が頭を下げる。

 それと同時に夜月は走り出した。


「鬼ごっこか」


 中鬼も夜月を追うように走り出す。


(駄目だ……相手の足の方が速い!)


 変異種の中鬼の身体能力は明らかに夜月より高く、逃げられるビジョンが見えなかった夜月は一転、中鬼に対峙する。


「サクラ、行くわよ! あんたは逃げてなさい!」


 夜月は青年に向かって、言う。


「俺も……」


「足手まといよ」


「くっ……すまない」


 青年は悔しそうに、そのまま走り出した。

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