第61話 変異種

 この森で十点である青勾玉を持っているのは基本的に四級妖怪である中鬼だ。

 中鬼は陰陽師にとって最も馴染みのある四級妖怪と言っていい。数が多いこともあるが、物理的な力も強く、使い勝手も良い。

 中鬼を調伏できてこそ四級陰陽師、と言われるほど。

 受験生達は時には中鬼を倒し、時には中鬼に敗北していた。

 だが、今ある受験生チームが戦っている白い中鬼は雰囲気が他とは大きく異なっていた。


「ねえ? こいつ本当に中鬼なの!? だってこんな中鬼、見たことないよ……!」

 受験生の一人が叫ぶ。目には怯えが混じっている。


 通常の中鬼より一回り大きく、全長は二メートルを優に超える。その手に握られているこん棒には赤い血がこびりついていた。

 鋼のような肉体は、受験生の陰陽術など全く寄せつけず、ふるう一撃は式神を粉々に粉砕した。

 軽く振るった腕の一撃で、若い女の受験生はピンポン玉のように吹き飛んだ。壊れた人形のようにだらりと地面に倒れこむ女を見て、他の受験生の心が叩き折られてしまった。


「ば……化け物! き、棄権します! 助けて!」


 その様子を中鬼は興味なさげに見つめている。

 棄権を宣言した瞬間、上から二人の試験官が降ってくる。その目はまさしく真剣で、中鬼を見据えている。


「こいつ……明らかに四級を超えている! 俺達で処理するぞ!」


「分かっている! 全力でいく!」 


 試験官は二人とも三級陰陽師。この試験では一チームにつき、一人から二人の試験官がついていた。


「いでよ! 烏天狗からすてんぐ!」


 その言葉と共に、陰陽師は三級妖怪烏天狗を召喚した。

 烏天狗。

 山伏装束を身にまとい、鳥のような嘴を持った顔をしている妖怪である。

 背中には大きな翼が生えており、卓越した剣術と神通力で戦場を駆けまわる。

 その手には鈍く輝く日本刀が握られていた。


 烏天狗はその翼を使い一瞬で距離を詰めると、中鬼の首を狙う。

 その鋭い一撃を見て、中鬼の頬がわずかに上がる。

 烏天狗の一撃を軽い後退で躱す。だが、烏天狗は更に連撃で中鬼に襲い掛かった。

 それをこん棒で捌き、烏天狗の体のバランスがわずかに崩れた。


 次の瞬間、中鬼がこん棒を烏天狗に振り下ろした。

 まるで雷が落ちたかのような轟音が響き渡る。

 その一撃は烏天狗を一撃で討ち祓った。

 中鬼はすぐに次の標的を試験官の陰陽師に定める。

 試験官の顔が真っ青に染まる。最強の切り札である烏天狗が一撃で祓われた。それは敗北を意味した。 


「頼む、受験生を……! それまでは俺が時間を稼ぐ!」


 試験官が覚悟を決めたように叫ぶ。


「わ、分かった! 死ぬなよ……」 


 それを聞いたもう一人の試験官が受験生を肩に担ぐ。残りの二人は召喚した式神に背負わせた。


「お前が逃げたら、俺も逃げる。応援を……二級以上の戦力がいる!」


 試験官は護符を持つと、覚悟を決める。

 試験官は全力で結界を張る。


「来い……!」


 数分後、そこには血塗れで死んだ試験官の亡骸が横たわっていた。


「弱い……もっと強き者を……」


 中鬼はそう呟くと、新たな獲物を探して歩き始める。

 妖怪には通常のレートから外れた変異種が存在する。

 中鬼なら三級以上のものがそれに該当する。

 この中鬼は変異種で三級でも上位の強さを誇っていた。その目には確かな知性と、どう猛さが同居しており、その体内には白勾玉が眠っていた。

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