第60話 情

 沈黙が流れる。俺は何も返せなかった。

 そんな不甲斐ない俺に代わって、真が口を開く。


「莉世、それは早計だろう。主様は今まで仲良くしておられたのだ。そんな者をいきなり殺すことなどできる訳がない」


「真には聞いておりません。道弥様、ご回答を」


「夜月は殺すな。俺の弟子だ。復讐には安倍家と繋がりのある者が必要だ」


 俺はそう言った。

 自分でも本音か、言い訳か分からなかった。

 殺すことなど考えられなかった。何か理由が必要だった。


「間者として使うとおっしゃるのですね。本当ですか? 私には……情が移ったように見えますが?」


「俺が安倍家への復讐を止めることは決してない」


「私は忠告しておきますよ。安倍家に復讐を考えているのなら……安倍家の女にあまり情を持つのは止めた方がよいかと」


 俺にここまではっきり言う莉世は珍しい。莉世はそう言うと、地面を蹴りどこかへ跳んで行ってしまった。


「分かっているさ」


 夜月、お前はずっと悩んでいたんだな。

 俺はおそらく夜月について深く知ることを避けていたのだ。知ってしまえば戻れないから。

 俺は思考にもやがかかったような状態で、その場を去った。




 一方、その頃宝華院兄弟の兄である宝華院渚は真剣な顔で森を進んでいた。

 真の圧倒的な妖気を感じ取ったからだ。

 その背後には八人の陰陽師がついている。

 宝華院家の分家の者達は皆、渚を見つけた瞬間に降参し配下に下ったためである。


(一体、何があったんだ? 試験レベルの妖気ではない。あれがおじさんの言っていた化け物か? もしそんな化け物が居るのであれば、この俺が倒さなければ多くの犠牲者が出る)


 渚はそう考えながら仲間を従え、妖気の発信源目掛けて歩く。

 すると必死な顔で逃げる男が、渚に視界に入った。

 渚はその顔に見覚えがあった。そう、弟陸の仲間だ。なぜ彼がひとりで逃げているのか。


「待て! 止まらないと敵として処理する!」


 渚の言葉を聞いて、男は止まる。男は陸の仲間だったが、別の場所で待機していたため運よく逃れていた。


「渚さん、こ、こんにちは」


 男はぎこちない笑顔を浮かべる。


「何があった? 陸はどうした?」


 渚の言葉に、男はどう答えるべきか悩んだ。


「陸さんは、芦屋家の男に敗れました……」


「どういうことだ! 陸が芦屋家になど敗れるはずがない! 何か卑怯な手を使ったんだろう?」


 渚が男に詰め寄る。


「そ、そうです……。俺は助けを求めるためなんとかその場から逃げ出したんです」


 男は渚の剣幕に思わず肯定してしまった。


「おのれェ……! やはり芦屋家は卑怯者の家系か! 陸め、油断したな。俺をその場へ連れて行け!」


 渚は怒りで顔を歪ませる。

 渚は男に案内させ、陸のところへ向かった。

 渚は真にやられ気絶している陸を見つける。周囲には多くの受験生が倒れていた。


「陸!」


 渚は陸の元へ駆け寄ると、その体を抱き締める。


「試験でここまでするなんて……なんという男だ! 陸、大丈夫か? 必ず、お兄ちゃんが仇をとってやるからな! 陸が正々堂々と戦って敗れる訳がない。何か卑怯なことをしたに決まっている。俺が奴を止めねばならん。陰陽師界の未来のためにも。皆、力を貸してくれ!」


「おおー!」


 他の皆も渚の言葉に同調し、声を上げる。

 渚は立ち上がると、八咫烏を召喚した。


「まだ芦屋家のチームは近くにいるはずだ。探し出せ」


「リョーカイ! リョーカイ!」


 八咫烏は渚の言葉を受け、そのまま旅立っていた。


「いつまでも卑怯な手が通じると思ったら大間違いだぞ、芦屋め。この俺が必ず報いを受けさせる」


 渚の心は完全に正義を遂行するヒーローの気持ちだった。

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