第59話 理解を拒否する

 ヤツキガアベケデアルコトモシラナイマヌケ?

 どういう意味だ?

 俺はその言葉の意味が理解できなかった。

 夜月? 安倍家?

 完全に停止している俺に、八咫烏が襲い掛かる。


「シネマヌケ」


 だが、八咫烏の爪は俺に刺さることなく、莉世の尻尾に貫かれた。


「道弥様に触れられると思ったか、下郎が」


 脳が理解を拒否しているような感覚。

 血の気が引いたような錯覚を覚える。

 夜月は安倍家?

 だが、彼女は初めて会った時も虐げられていたはず。

 安倍家であるのに、虐げられているのはおかしいんじゃ。俺は否定する理由をいくつも考える。


「ははっ……」


 俺は乾いた笑いが出た。

 これがあの馬鹿の言いたかった秘密か。

 考えれば考えるほど、夜月が安倍家だと推測できる点が思いつく。

 俺は彼女を初めて見た時、どう思った?

 夜月は他の子より明らかに霊力が高い、そう思ったじゃないか。

 夜月は俺の前では決して名字を名乗らなかった。そして、夜月は自分の実家について決して俺を連れて行かなかった。


 俺が安倍家が嫌いなことを知っていたからだ。

 夜月が俺に告白したいことはこれか。

 俺は十年近くも、怨敵の子孫を必死で育てていたのか。何をやっているんだろうな。

 馬鹿じゃないか?

 必ず安倍家に然るべき報いを受けさせる。そう言っていたのに、その安倍家を育てていたんだ。

 俺は呆然と視線を漂わせると、妖艶に笑う莉世と目があった。


「あの小娘が、告白したいことは自分の身の上だったのですね。道弥様の凄さを知って間者にでもなったのかしら? ですが、良かったですわ、先に知れて。敵であることが先に分かったのなら、躊躇が必要ありませんもの。ねえ、道弥様」


 何も返せない俺に、莉世が近づいてきて囁く。


「まさか安倍家と知ってなおあの女と関わるつもりですか? 貴方を、そして家族を殺した安倍家の女と」


 俺は静かに目を閉じた。

 何が正しいのか。

 俺は安倍家に勿論復讐はするつもりだ。

 だが、どこまで?


 子孫もみな根絶やしにするのか?

 本当にその行為をした晴明とその親族はもういない。

 確かに安倍家は憎い。だが、夜月は俺に何もしていない。

 そんな夜月に何かすることは正しい行いなのだろうか。


 いやそれすらも言い訳だ。

 俺はただ、仲良くなった夜月を純粋に憎むことが難しいのだ。

 俺の憎しみはこの程度だったのだろうか。


「道弥様は甘すぎますわね。仕方ありません、私が代わりに殺してあげます」


「莉世、殺したら失格に」


「試験後に、ばれないようにいたします。それならよろしいですわよね?」


 莉世は俺の目を見てそう言った。

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