第56話 秘密
「どういうことなんだよ、おい!」
リーゼントが苛立ちながら詰め寄ってくる。
「何か来る」
周囲の草木に目を向けると、そこから血塗れのコムギがふらついた足取りで現れた。
「おい! どういうことだよ!? 誰かに襲われたのか? ゆずは裏切ってたんじゃ……」
「どうやら、こちらを選択したらしい」
「くぅん……」
コムギは俺の方を見つめ小さく鳴くと、そのまま地面に倒れこむ。
俺はコムギの元へ近づくと、腰を下ろして頭を優しく撫でた。
「悔しいよなあ、コムギ。大切な人を守れないってのは。だが、その体でよくここまで頑張った。後は、全部俺に任せろ」
「ワン」
コムギは最後に鳴くと、そのまま消えていった。
既に限界だったのに、最後まで飼い主のために体を振り絞ったのだろう。
『真、場所は分かるな?』
『もちろんでございます』
「出ろ」
俺は真を召喚すると、その上に乗る。完全顕現ではない、二メートルほどの真だ。
「リーゼント、俺はゆずを助けに行く。お前は後から着いてこい」
「ついてこいって、どこに――」
俺はゆずの元へ真に乗って走った。
空を飛翔する真は、驚くほどの速度でゆずの元へ進む。
すぐにゆずを引き摺る陸の姿が目に入る。
「品がない男だ」
俺は吐き捨てるように言うと、真は大きく跳躍して陸の行く手を阻むように陣取った。
「ほう。もう来たのか」
俺の登場に陸が笑う。その目線は真に注がれている。
「道弥君、逃げて! これは罠なの!」
ゆずが叫ぶ。
「黙ってろ」
陸がゆずの頭を強く握る。ゆずの顔が苦痛に歪んだ。
「てめえが掴んでるのは、俺のチームメイトなんだけど?」
俺は怒気を抑えきれずに尋ねる。
「だからなんだよ。何も知らねえ間抜けがよ」
「二度は言わない。その手を放せ」
「格好つけやがって。裏切者の芦屋家がよお。芦屋家ってのは、今の陰陽師界のトップ安倍家を不意打ちで殺そうとして返り討ちになったのに、安倍家のお情けでまだ残ってんだろう? 恥ずかしいよなあ。よく陰陽師を名乗れるよ、お前達」
陸が煽るように話す。だが、そんな煽り、今まで何度受けたと思う?
「言いたいことはそれだけか?」
「おうおう、格好いいねえ、ヒーロー気取りか? 陰陽師ってのはヒーロー気取りの馬鹿から死んでいくんだよ! お前みたいなよお! 準備はできたな?」
その言葉と同時に、周囲から十人以上の陰陽師が現れる。既に式神を召喚済のようで二十以上の式神がこちらを狙っていた。だが、その顔は真を見たせいか迷いが感じられる。
「あれって、犬神じゃないか?」
不安そうに周囲の陰陽師が呟く。
「奴が犬神など使役できるか! 見掛け倒しに決まってるだろう! そこらの雑魚を化けさせて大きく見せてんだよ! いくぞ、五芒式結界術・格子封陣(こうしふうじん)!」
陸は護符に霊力を込めると、呪を唱える。それに呼応するように、周囲の陰陽師も同様に呪を唱えた。
「「「格子封陣!」」」
その言葉と共に俺と真の地面が光り、俺達を閉じ込めるように立方体の結界が生まれる。
「油断したな、馬鹿が! こちらは予め地面に結界用の陣を刻んでいたんだよ!」
俺達を閉じ込めたことが嬉しいのか、陸が大笑いで叫ぶ。
格子封陣は集団で使われることの多い結界術だ。全員で霊力を分担すればよいため、下級陰陽師でも使いやすいうえ、三級妖怪でも封じられる強固さも併せ持つ。
効力としては特定の人、妖怪、式神の力を奪う。
だが、その程度の結界術で俺達を封じられると思っているとは。
「真、どうだ?」
「少し動きが鈍くなったような?」
と首を傾げる。
俺は無言で結界に触れると、破壊する。
結界が音を立て、粉々に消し飛ぶ。
「なにっ!? 格子封陣が⁉ 三級でも封じられる結界だぞ!」
陸は一瞬で破壊されたことが信じられないのか、声を荒げる。
「お前じゃ力不足だ」
「ふざけるな! なら直接やるまで。犬神もどきを殺せ、中鬼!」
その言葉を聞いて、中鬼がこちら側に走ってくる。
「どこまでも愚かな奴だ。真」
「この私を犬神如きと一緒にするな!」
一喝。真の咆哮を受け、周囲の式神は中鬼を含めて全て消し飛んだ。
その圧倒的妖気は周囲の陰陽師を圧倒し、皆が恐怖に歪んだ顔で気絶している。
一級を超える妖怪の妖気は弱小陰陽師が目の前に立つことすら適わない圧力があった。
陸は真っ青な顔で腰を抜かし、その顔は絶望に染まっている。
「う、嘘だ。中鬼が、一撃で……しかもただの、咆哮、でなんて……」
陸は歯をカタカタと震わせながら真を見つめる。
「女を痛めつけて人質とは……救えねえな」
俺はゆっくりと陸の元へ歩いていく。追い詰められた陸が口を開く。
「おい! 夜月の秘密を知りたくないか?」
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