第35話 一次試験

 八月十五日。

 夏の終わりも見える頃。遂に陰陽師試験が始まる。

 俺は電車に乗り、試験会場へ向かう。


『試験とは何をするのですか?』


 真が尋ねてきた。


『陰陽師試験は例年、三次試験まである。今日は一次試験だけだ。毎年二万人以上受けることもあり、一次試験は全都道府県で行われるらしい。東京だけで数か所試験会場があるくらいだ。一次試験は霊力測定だ。霊幻草を覚えているか?』


『……なるほど。楽勝ですなあ』


 俺の問いで理解したのか、真が笑う。


 霊幻草は昔からある白い花を咲かせる植物だ。だが、霊力を注ぐと、その注入者の霊力に応じて花びらの色が徐々に変わるという不思議な習性があった。

 白から順に、橙、黄、緑、青、赤、紫、黒と色を変える。白色は霊力がない一般人。橙色が六級。色が変わるにつれ階級は上がっていき、紫色は現代で言う一級陰陽師程度。

 黒色は今は存在しない零級陰陽師程度の霊力を持つ。

 花に相当量の霊力を注げば変わるのでなく、霊力を注入した者の総霊力を測定することから不正がし辛い代物でもある。


『どの程度で合格なのですか? 緑程度はやはりほしいところでしょうか?』


『何を言っているのですか? 道弥様が受けるのよ、赤は必要に決まってるでしょう?』


『お前ら……黄色以上で合格だよ。今回は合格しても五級陰陽師なんだから』


 二人は好き勝手言っている。


『そもそも陰陽師の祖とも言える道弥様が試験受けるのが変ですわ』


『今やただの一般人だからな。そろそろ着くぞ』


 俺はようやく試験会場に到着した。

 都内某所のイベント会場を貸し切っての試験のようで、既に多くの受験生で混雑している。

 試験料金は千円と非常に安い。


 少しでも間口を広げたいのだろう。

 俺は行列の最後尾に並び、順番が来るのを待った。

 待つこと三十分、ようやく受付に辿り着く。


「事前登録は済んでる? 試験料金は千円だよ」


 受付の若い男性職員が尋ねていた。


「はい」


 俺は事前にネットで予約した予約完了画面を見せる。不正防止用にスマホで撮った顔写真が画面には映っていた。

 職員は顔写真のすぐ下にあるQRコードを読み込むと、試験料金の千円を受けとった。


「はい。受付完了。じゃあ六番エリアに向かって下さい。次の方ー」


 職員が指さした方向には、大きく六と書かれた看板が立っていた。そこにも列が続いている。


『それがスマホですか。まだ慣れませんなあ。陰陽術を扱う陰陽師とは対極なもののような気がします』


 と脳内で真が呟く。


『まあそう言うな。これで中々便利なものだ』


 俺は六番エリアに向かうと、再び列に並ぶ。列の先には衝立で区切られた部屋がある。おそらくそこで試験をしているのだろう。

 部屋の中からは喜びの声や、叫び声など悲喜こもごもな声が聞こえる。


「次の方ー」


 遂に俺の番がやってきた。

 俺は部屋の中へ入る。

 衝立(ついたて)で簡易的につくられた部屋には、試験官であろう二人の陰陽師が長机に並んで座っている。


 その机から少し距離を置いて一つのパイプ椅子が簡素に置かれていた。

 普通の試験会場と大きく違うのは長机とパイプ椅子の間に霊幻草が生けられた花瓶が台の上に置かれていることだろう。

 俺が椅子に座ったことを確認して、左の試験官が口を開く。


「それでは一次試験を始めます。一次試験は霊力測定です。霊力注入の方法は分かりますか?」


「はい」


「では、そこの花に霊力を注入してください。色が黄色になれば合格ですよ」


 俺はその言葉を聞き、霊幻草の茎を摘まむと霊力を流す。

 すると霊幻草の白い花弁が、橙に変わり、黄に変わる。

 花弁はそのまま緑、そして青に変わった。


「青……⁉ 三級相当だぞ!?」


 青になった花弁を見て、すまし顔をしていた若い男が立ち上がる。

 だが、色は青から更に赤に変化した。


「なんと……」


 左の男も小さく息を呑んだ。

 赤くなった花弁は、その後、奇麗な紫色に変わる。


「む、紫……一級相当だ……」


 紫色の花弁を見た若い男は信じられない物を見たと言わんばかりの驚愕した表情で呟く。

 一方、俺は未だに花弁を見つめていた。

 黒は……いけるか?

 だが、霊幻草は結局黒に変わることはなかった。

 やはり現時点の少ない霊力では黒にすることは叶わなかったか……。


『残念ですなあ、主様』


『道弥様ならすぐ黒にできるでしょう。なんの心配もありません』


 と二人が慰めてくれているが、やはり悲しい。

 一方で、二人の試験官は動揺しているのか、二人で話し合っている。


「ど、どうしますか?」


「とりあえず、上を呼ぶ。申し訳ないが、少し待っててくれ」


 試験官の一人がそう言って奥の方に消えていった。


『分かりません。紫なんて合格に決まっているのに、なぜ待たせるのか』


 莉世がため息を吐く。


『紫の新人などそう居らぬのだろう。人というものは常識外の人間を見ると、理解できないものなのだ。なに、すぐに合格になるだろう』


 長年人に祭られ、人を見守っていた真がしみじみと言う。

 しばらく待っていると、奥の方から特注であろう大きな狩衣を着た中年の男が先ほどの男を連れてのしのしとやってくる。

 不摂生を感じさせる太った体に、面倒くささを隠さない不快そうな顔をしていた。


 男は体を搔きながら、嫌そうにこちらへ目を向ける。


「ああ~? このガキが紫? そんなの不正に決まってるだろ。不正にしてもやりすぎたな。失格だ、クソガキ」


 太った男は面倒そうにそう言った。

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