第34話 自慢の息子
八月十四日。
陰陽師試験の前日の夜。既に申し込みも済ませた俺は日課の霊力消費を終え、縁側で月を眺めていた。
風が心地よい。縁側の屋根についている風鈴がわずかに音を奏でる。
『ようやくだな』
『ようやく主様が、表舞台に立たれるのですね。よもやここまで芦屋家の名声が落ちているとは私も思いもしませんでしたが』
真の声が脳内に響く。
『全ては俺が弱いからよ。あの時、俺が晴明の不意打ちを予想していれば……芦屋家は今もその名を轟かせていたに違いない。安倍家の悪逆非道な行いも全て、千年も経てば誰も証明できない。残ったのは芦屋家の悪名だけだ。だが、必ず安倍家にはしかるべき報いを受けさせる。必ずな』
『矮小なる身ですが、お供いたします』
床がわずかに軋む音が鼓膜に触れる。振り向くとそこには父が立っていた。手には珍しく日本酒を入れたおちょこを持っている。
「よっこらせ。珍しいな、道弥が縁側で月を見ているなんて」
父が俺の横に腰を下ろす。
「たまには良いものですよ、父さん」
「明日だな」
「はい。長かったです」
「道弥は昔から陰陽師になりたがっていたものな。小さい頃から聡明で、本当なら馬鹿にされるような子じゃなかった。お前は俺に似ず、本当に才能に恵まれた。既に俺をはるかに超えているだろう。お前なら必ず合格できるよ」
「お任せください」
俺はそう言って笑う。父は少し悩んだような顔をした後、口を開く。
「お前は自慢の息子だ。本当なら息子にこんなことを言うべきじゃないのは分っているんだが……どうか、芦屋家の無念を晴らしてくれ」
父の本音だろう。辛そうな顔で言う。
今まで虐げられても決して陰陽師を辞めずに芦屋家を守った男の。
俺が負けなければこんな酷い目にあうこともなかっただろう。
原因を作った俺が必ずその無念を晴らす。
「勿論です、父さん。必ず、必ず一位を取って芦屋家は強く、誇り高い陰陽師家だと証明してみせます。だからご安心を」
俺は父の手を握って、はっきりと告げた。
「格好良いな、道弥。怪我だけはするなよ」
そう言って、父は俺を軽く抱きしめた。
夜も更ける。陰陽師試験が始まる。
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