第33話 何も聞いておりませんが
「はいはい」
俺が玄関の扉を開けると、そこにはどこか気まずそうな顔をして立っている夜月の姿があった。
ここ十年ですっかり背も伸びてモデルのようなスレンダー体型だ。
昔から気にしていた長い銀髪も太陽に当たり輝いている。呪いどころか、夜月の美しさを何よりも引き立たせている。
長いまつ毛に、奇麗な青の入った瞳。大変整っているが、どこか愁いを帯びているのが夜月らしかった。
「久しぶりだな、夜月。なんか元気ないな。なにかあったのか?」
俺の言葉を聞き、夜月は僅かに驚いた顔をした。
「知らないのか?」
「何をだ?」
俺の反応を見て、夜月は大きく息を吐き、そのままうずくまる。
「なんだ……知らないのか。急いできて損をした気分だ」
なんのことかさっぱり分からない。何の話だ。陰陽師業界からハブられている芦屋家の情報網を舐めてもらっちゃ困る。
「一人で納得してないで、なんのことか教えてくれ」
「いや、私がテレビに一瞬だけ出たからそれを見たかと思ってきただけだ」
「へえ、おめでとうなのか? アプリとかで見れるかね? せっかくだし見てや――」
「見なくていい! というか絶対に見るな!」
夜月は食い気味に言ってきた。
「お、おお……。いや、そこまで見てほしくないなら見ないけど。そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ」
思ったよりも大きいリアクションだ。
「……恥ずかしいんだ。変な顔をしている時を撮られたからな。それにしてもテレビの影響ってのは未だに大きいらしい。クラスや同じ学校の奴等が群がって来たよ。今までずっと遠巻きで陰口を叩いていた癖に、テレビに出た途端にその髪綺麗だねー、だ。正直困る」
そう言って、夜月は自分の髪の先を捻じる。
「人というものは簡単に意見を変える。あまり真剣に捉えない方がいい。こちらが疲れるだけだ」
突然、自分の後ろに何かが顕現するのを感じる。俺はゆっくりと後ろを振り向くと予想通りそこにはにっこりと笑う莉世の姿があった。
莉世は俺の元へ歩いてくると、低い声で尋ねてきた。
「道弥様。その小娘は誰ですか? 私は何も聞いておりませんが?」
口元は笑っているが、目元は全く笑っていない。
「友達だよ。なんで俺がお前に夜月のことを言わないといけないんだ?」
「へえ。夜月と呼んでいらっしゃるのね」
そう言うと莉世は夜月の元へ歩いていく。
「私は道弥様と深ーい仲の莉世と申します」
夜月はそれを無言で聞く。これ夜月、イラっとしているな、と察する。
「私も聞きたいな。この女は誰だ、道弥」
何も悪いことをしていないのに、二人とも苛立っている気がする。
「……俺の式神だ」
「式神……人に化ける妖怪ね。道弥はこういう女がタイプなのか?」
そう言って莉世を見つめる夜月。
赤い着物を着た莉世はその綺麗な黒髪も相まって典型的な日本美人である。銀髪の夜月とは正反対かもしれない。
「なんでそうなる」
俺は呆れたようにそう返した。
だが、それを聞いた莉世は俺の右手の裾を引っ張って上目遣いでこちらを見つめる。
「道弥様、私の見た目は好みではありませんの? 道弥様に愛されるために日々美しくあろうと努力しておりますのに、あんまりです……」
「別に好みじゃないとは言ってないだろ」
あざとい……が、泣きそうな目で言われて好みじゃないと言える男は居ないのではないだろうか。
『なんとかしろ、真』
俺は顕現せずに傍観している真に助けを求める。
『主様、それは無理というもの。昔から男は女性に敵わないものです』
と真は悟ったようなことを言う。
この狼、実は経験豊富なのかもしれない。
俺の言葉を聞いた莉世は噓泣きをやめにっこりと微笑むと俺の右手を両手で包み込む。
「存じております。道弥様は私のような強くて美しい女性がタイプなの。小娘は出直して来なさい!」
「私と道弥はもう十年近い付き合いだ! お前のような最近式神になった奴こそ出直してこい!」
莉世の売り言葉に、夜月も買い言葉で応じる。それを聞いた莉世がわなわなと震える。
「なっ⁉ 私と道弥様は、せ――」
俺は莉世を強制的に帰還させた。喋りすぎだ、莉世。
「ふう……疲れた」
精神的に。
『酷いです、道弥様! 急に強制帰還なんて!』
脳内に響く莉世の声。
『喋りすぎだ。転生してきたことを話そうとするな』
『……承知しましたわ』
ようやくおとなしくなったか。
「あいつ、何か言おうとしていなかったか?」
夜月が首を傾げる。
「気のせいだろう」
「そうか……。それにしても、確かに綺麗な式神だったが、色々大丈夫なのか? 個性が強すぎるような……」
「癖が強いのは確かなんだが、あれで中々頼りにはなるやつなんだよ。癖は強いんだが」
「人間にしか見えない姿に、完全に妖気を隠す技術。中々式神を持たなかった道弥が使役する式神だ、きっと強いのだろう。陰陽師試験はもうすぐだ。お互い頑張ろう」
そう言って、夜月は手を差し出す。
「勿論俺はトップで合格する。断トツのな」
「私も一位を目指す。勝負だな」
「まだまだ弟子には負けませんよ」
俺はそう言いながら夜月と握手を交わす。
陰陽師試験は近い。
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