第31話 陰陽師協会栃木支部

 道弥がのんびり空の旅を楽しんでいる頃、陰陽師協会栃木県支部は騒然としていた。

 原因は勿論莉世だ。

 莉世の住処の山を包んでいた結界は、栃木県支部長である二級陰陽師の男が、部下と共に高価な護符を大量に使い作成した特製の結界である。


 その結界は莉世を止められるほど強力な物ではない。代わりに中で何かあった時に、術師にその異変を知らせることに特化されていた。

 二級陰陽師の男は、莉世が完全顕現し多大な妖力を消費し戦闘を行ったことにすぐに気づいた。

男は部下を連れながら支部の建物内を足早に進む。


「一級妖怪九尾が完全顕現し暴れたなんて知られたら、国が大混乱に陥るぞ! すぐに偵察部隊を白光山に出せ。そして協会本部に一級陰陽師派遣の要請を。ああ……くそ! なんで俺が結界を張った時にこんなことに」


 男は苛立ったように頭を掻く。


「まあ、もし暴れたら一級陰陽師の方を呼べば大丈夫ですよ。そんなに慌てなくても」


 と楽観的に五級陰陽師の若い女が言った。

 その言葉を聞いて、男は足を止める。


「馬鹿野郎……。一般人には知らせていないが、九尾は既に何度も討伐には失敗している。既に百年以上前の話だが、当時三人の一級陰陽師がチームで討伐に挑み、全員返り討ちに遭った。なぜ奴が放置されていると思う? 誰も討伐、調伏できなかったからだ」


「え……そんな!? 一級陰陽師は一級妖怪をソロで討伐できる実力があるから一級陰陽師じゃないんですか?」


「それは二級までだ。現在一級以上の妖怪は全て、一級妖怪として登録されているが昔は零級妖怪と言う更に上の階級があった。一級妖怪以上になると、もう一級陰陽師でも勝てるか分からない化け物達揃い。零級妖怪までになると国が亡ぶかどうかという規模の戦いになる」


 昔の陰陽師しか知らない事実に、若い女の顔も暗くなる。


「なんで零級妖怪という位を消したんですか?」


「……現在の日本に零級陰陽師に値する存在がいないからだ」


 短くそう呟いて、男は莉世の住処だった白光山へ向かった。

 支部長の男は、支部で保管している最高級の護符をありったけ持ち、白光山の奥へと進む。

 男は中腹で偵察部隊の者達を合流を果たした。


「九尾は見つかったか?」


「いえ……姿は見えません。ですが、こちらへ」


 そう言って偵察部隊は支部長を案内する。

 向かった先は、木々が全てなぎ倒されていた。まるで巨大な生物にむりやりへし折られたかのように。そして地面には巨大なクレーターのような大穴が広がっている。


「おそらくここで戦闘があったと思われます」


「この規模……おそらく九尾の相手も一級妖怪以上だろう。結界を擦り抜けられたのか。考えられんが……九尾は祓われたのか?」


 支部長の男が地面の跡を見ながら呟く。


「分かりませんが……姿が見えないということはおそらく。陰陽師が調伏したという可能性も」


 偵察部隊の男が何気なく言った後、皆で笑う。


「あの化物を調伏できる陰陽師など居る訳ないだろう。安倍家当主でも難しいんじゃないか?」


 冗談で少し気が緩んだのか、支部長の男も笑顔で話す。


「そうですね失言でした。安倍家と言えば、来月の陰陽師試験の統括は安倍家次期当主らしいですね」


「ああ。彼も一級陰陽師になったんだったな。まだ若いのに、安倍家はやはり怪物揃いだ。これで一級陰陽師も八人。そのうち二人が安倍家とは……御三家の名にふさわしい功績だ」


 支部長の男はしばらく現場を確認したが最後は九尾は討伐されたと結論付けた。

 全く九尾の気配が山から感じられなかったためだ。

 白光山の九尾討伐の情報は、一部の陰陽師の間で小さく話題となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る