第30話 貴方は私の世界の全て

 檻がその膨大なエネルギーを受け、軋みはじめる。

 俺の額から汗が流れる。

 きついな……こいつら手加減を知らねえのか……。

 抑えられない場合、半径十キロは全て消し飛ぶだろう。


 だが、これからこいつらの主となるのであれば、これくらいは抑えねばならない。

 俺は刀印を結ぶ手に更に力を込め、檻に霊力を流し込む。

 

 そして、このまま抑え込む!

 数秒の爆発を防ぎ続け、ようやく周囲は静寂を取り戻した。


「驚いた……まさか今の爆発を抑え込むなんて。少しは優秀な陰陽師みたいね」


 先ほどの光景を見て、顔色が変わる。

 どうやらこちらを本当の敵と認めたようだ。

 だが、これ以上の遊びは命の取り合いになるな。


「莉世、まだ分からんか?」


 俺は静かに声をかける。


「きやすく呼ぶな」


「ほう、随分な口を聞くな。姿形が変わったからと言って、この俺を忘れるとはな。莉世」


 俺は今まで抑えていた霊力を全て放出する。


「こ、この霊力……。ま、まさか道、満様?」


 莉世の言葉が震える。


「一目見てなぜ分からん! 愚か者が!」


 俺は莉世の疑問を一喝する。

 莉世の動きがぴたりと止まる。

 次の瞬間、莉世は人間の姿に変化した。


 綺麗な赤い着物を着た少女。年は十五ほどだろうか。そして帯で締め付けていても分かるくらい胸元は扇情的だった。

 闇夜のように漆黒で、艶のある腰より長い黒髪。前髪は綺麗に一直線に水平に切りそろえられている。

 陶器のように白く肌に、長いまつ毛。大きな黒い瞳は、見ていると吸い込まれそうなほど輝いている。

 潤いを感じるその唇。


 傾国の美女と言われる九尾の人化。

 まだ少女の姿であるのに、その妖しい美しさは殆どの男が狂わせるほどの魅力があった。

 そのはずであるのだが、次の瞬間莉世は顔をぐしゃぐしゃにして、飛びついてきた。


「道満様! 本当に……本当にお会いしとうございました! この千年間、道満様だけを考え生きておりました。道満様の居ない世など、私にとって価値などありません」


 その目は涙で充血していた。


「すまない……少し長く待たせすぎた」


「もう……良いのです。もう一度会えたのですから! 先ほどは愚かにも道満様に牙を剥くなんて、神も恐れぬ所業を行ってしまいました。どのような処罰でも甘んじて受け入れます」


 莉世は俺から離れると、頭を下げ跪く。


『私のことは本物だと分かって襲ってきた癖に、なんという態度の違い……』


 呆れたように真が言う。


「罰などない。莉世、再び俺の式神となれ。再び暴れる」


 それを聞いた莉世の目から再び涙が溢れる。


「なんという慈悲深さ……。莉世は感動してます! 私の心も体も全ては道満様の物です。いかようにでもお使い下さい」


「莉世。分かると思うが俺は転生した。今世では道弥と名乗っている。今後は道弥と呼べ」


「畏まりました」


 莉世は恭しく頭を下げた。

 俺はさっそく式神契約の呪を唱える。


 「臨兵闘者皆陣列前行。我が名は芦屋道弥。芦屋家にその名を連ねる陰陽師也。我が名において、命ずる。莉世よ、我と契約を結び、我が式神と成れ。急急如律令!」


 呪を唱えると、霊力が莉世の体を包みはじめる。


「貴方は私の世界の全てです」


 その言葉と同時に、莉世の体が輝き、閃光のような輝きが周囲を貫いた。

 閃光の後には、自らの体を見つめる莉世の姿があった。


「ああ……これでまた道弥様の物になれた訳ですね。それだけで体が震えます!」


 と恍惚の表情を浮かべる莉世。


「この変態が……。主よ、本当にこの馬鹿でよろしいのですか?」


「はあ!? 真面目君の貴方には何も言われたくないんですが? 貴方こそ神社で人間共に祭られていればいいのでは?」


 真の言葉に莉世がキレ返す。


「人間に迷惑ばかりかけているお前よりましだ!」


「妖怪は自由に生きてこそ。圧倒的な力を持ちながら何を言っているのやら。呆れます。まあそんなことはどうでもよいです」


 とコロコロと笑う。

 すると突然莉世はこちらを振り向くと、飛びつかんばかりの勢いで抱き着いてきた。


「ああ~! 千年ぶりの道弥様! どのような姿になっても凛々しく、お美しいです!」


 そう言って莉世は、俺を撫で回し始める。

 謎の愛情表現だ。お前最初気付かなかっただろ、という突っ込みは野暮だろう。

 随分幸せそうなのでしばらくはやらせておくか。


「莉世、他の式神の行方は知らないか?」


 俺の言葉を聞き、莉世は首を傾げる。


「私、他の奴等の居場所なんて知りませんわ。興味ありませんもの」


「やっぱりか……。そうだと思っていたが」


 基本他人に興味のない莉世に聞いたことが間違いだった。

 やはり後はじっくり探すしかないか。

 正直陰陽師試験は式神すら必要ないだろう。


「我々を集めるということは、あの裏切者共の一族に復讐するのですか? ここ千年であの裏切者共も随分繁栄したらしいですね」


 莉世は好戦的な笑みを浮かべる。


「……ああ。我等芦屋家に裏切者の汚名を被せた安倍家には必ず地獄を見てもらう。そして同時に芦屋家の汚名も雪ぐ。付いて来てくれ」


「はい! どこまでも」


「主のお心のままに」


 俺は二人を連れて、栃木県を去った。

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