第29話 手荒になるぞ

 九尾狐は九本の尾を持つ狐の神獣である。

 日本でも邪悪な九尾の狐の妖怪として玉藻前の登場する物語が有名であろう。

 数多くいる狐の妖怪の中でも、傾国の美女としてその強さと共に九尾狐が語られる。


「相変わらず人間に甘いようね、真。陰陽師を連れてきたということは目的は調伏かしら? まさか私が道満様以外を主とすると思ったのなら……許されない冒涜よ」


 莉世の全身から妖気が溢れ出る。

 九本の尻尾が鞭のように俺達に襲い掛かる。


「臨兵闘者皆陣列前行。守護護符よ、その力を示し、我を守護せよ。急急如律令!」


 守護護符から結界が生まれ、その一撃を受け止める。


『主様。このままでは本当に戦闘になりますよ。奴は手加減を知りません。本気で戦えば周囲は全て灰燼かいじんに帰します』


 真からの心配そうな念話が届く。


『まあ、もう少し待て。俺達二人が居ればある程度は止められるだろう。それに……あれほど言った後、俺が道満と知ったらどういう顔をするか楽しみだ』


『はあ……』


 真がため息を吐く。


「忌々しいわ! 私の一撃を止めるなんて……けどその程度で調子に乗ってもらっては困るわね」


 莉世はその言葉と同時に巨体に見合わない速度でこちらに襲い掛かる。


「仕方ないな、少々手荒になるぞ!」


 真も小柄な姿から、元の姿に戻ると莉世の攻撃をその足で受け止める。

 二人の攻撃が交わり、轟音が響く。

 十メートルを超える二人の戦いは正に怪獣大戦争といっていいだろう。

 二人の一撃により、木々が大きく揺れた。だが、九本の尾がある莉世の方が手数が多い。真はそれを地面から氷を生み出すことでうまく凌いでいた。


「悪いが手助けさせてもらうぞ。水行すいぎょう大瀑布だいばくふ


 俺は護符に霊力を込め、呪を唱える。

 護符から恐ろしいほどの水が瀑布となって莉世に襲い掛かる。霊力を大量に込めたため、小さな湖ができそうなくらいの水量である。


「人間風情がァ!」


 怒る莉世とは対照的に、真は笑う。

 真はその水を一気に凍らせる。連携攻撃だ。

 体中が一瞬で凍り付きそうになった莉世は、全身から爆炎を放ち氷を消し飛ばした。

 この程度では流石に止まらんか。


「少しはやるようね。真に、更に陰陽師までついているなんて、面倒くさい!」


 不利を感じ、苛立った莉世は大きく後ろに下がる。

 そして口に妖気を集中し始める。

 一級を超える妖怪の全力攻撃。

 それは周囲十キロ以上が一瞬で全て消し飛ぶ破壊力だ。


「馬鹿! それほどの攻撃、周囲も無事ではすまんぞ!」


「私が周囲なんて気にするとでも?」


 飄々と莉世が答える。


「このっ……!」


「相変らずだな。俺も手伝おう、真。お前はただ全力で攻撃をしろ」


「はっ」


 莉世の口元には巨大な黒炎の塊が生み出されていた。


「狐火・炎天獄葬えんてんごくそう


 地獄の鬼も焼き尽くすと言われる黒炎である。一度触れたが最後、全てを焼き尽くすまで消えないと言われる地獄炎。

 その黒炎が放たれた。

 それに合わせ真も妖力を込めた巨大な氷弾を生み出す。


氷華絶冷ひょうかぜつれい


 大口真神が本気で生み出す氷。それは何百年もの間、決して溶けることはないと言われている。空間も、時間も全てを止める。

 それが同時に放たれた。

 同時に放たれた一撃が交わり、拮抗する。

 このレベルの一撃が同時に爆ぜると、周囲は全て消し飛んでしまうだろう。

 俺は護符を投げると、呪を唱えながら九字の印を結ぶ。


「臨兵闘者皆陣列前行! 金行こんぎょう地獄檻じごくおり。急急如律令!」


 俺は刀印を結び、横・縦の順に四縦五横の直線を空中で切る。

 地獄檻とは、その名の通り地獄の亡者をも閉じ込める檻を生み出す陣である。

 本来は何十人と言う大人数で生み出す陰陽術だが、今回は大量の霊力を消費することで一人で発動する。

 檻で包むのは、莉世でなく今にも爆ぜそうなぶつかり合った一撃。

 巨大な地獄の檻が、その一撃を閉じ込める。


 そして、遂に拮抗していた妖力が爆ぜた。

 強大なエネルギーを何とか檻で抑え込む。

 いけるか?

 俺は生み出した陣に霊力を流し続けた。

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