第28話 莉世
翌日、俺は護符の数を数えると宿を出る。
『奴は栃木の山奥に居るはずです。向かいますか?』
「ああ。早速向かうか」
俺は山の木々に再び足を踏み入れる。
そこで結界を張ると、真を顕現させる。
「出でよ、真」
簡素な呪と共に、全長数メートルほどの真が姿を現す。
「それでは背に。向かいましょう」
俺は真の背に体を預けると、真は自分の体に呪を唱える。
「これで一般人に姿は見えないでしょう。では向かいます!」
そう告げると、真は大きく跳躍した。
一瞬で百メートル上空まで跳ね上がる。地上にあった多くの家屋が、瞬く間に遥か遠くへ変わった。
「風が気持ちいいなあ」
「それはようございました。宙を走ります。しっかり掴まっていてください」
真の両足に雲が宿ると、そのままその足は何もない宙を蹴り、空を走る。
新幹線と変わらないほどの凄まじい速さ。真の呪により、風の影響はそこまで感じない。快適な空の旅と言えるだろう。
現代では多くの乗り物がある。だが、真の背ほど良いところを俺が知らない。
邪魔者の居ない空の旅により、数十分で目的地である栃木の白光山にたどり着いた。
「ここか」
俺は真から降りると、白光山を見つめる。
山の周囲は分厚い鉄の壁で囲まれ、その上には結界まで張られている。おまけに一定間隔で警備員まで立っているという徹底ぶりだ。
「随分と厳重だな」
「あの馬鹿が暴れましたからな。死人も多かったので、立入禁止になったのでしょう」
その証拠に看板が立っている。
『妖怪の住処により立入禁止。第一級立入禁止地区』
と看板に記載されていた。
この世界では妖怪が多いため、妖怪を祓いきれなかった山や土地は立入禁止地区として一般人が入れないようになっている。
それでも第一級立入禁止地区はその中でも最も高い等級で、一級妖怪又はそれに準ずる妖怪の住処として登録されている。
「あの程度の結界、我々にしたら紙も同然ですが……」
「擦り抜けるぞ、久しぶりの再会に、無粋な邪魔は必要ない」
俺は結界に触れると、その内部術式を分析しそのまま擦り抜けた
山奥に眠る何かが体を起こす。
「あら? 誰かが我が神域に侵入しましたわね。皆、殺してあげる」
何かは頬擦りすると、邪悪に笑った。
この山は立入禁止地区になっているだけあって、多くの妖怪に溢れていた。
人の手が全く入っていないため、草木は伸び放題。そこら中に大樹が堂々とそびえたっている。動物と妖怪が共存する奇妙な空間となっている。
だが、妖怪はどれもこちらを見ると、一目散に逃げだした。
真を見て逃げ出さない妖怪は馬鹿か強者かのどちらかだろう。現実は殆ど前者だが。
「主が名を明かせば、戦闘にはまずならないと思いますがどうなさいますか?」
真が尋ねてきた。
「それじゃあ面白くないだろう? まずはお前が名乗って交渉してくれ。俺の名は出すな」
俺の言葉を聞き、真はため息を吐く。霊力も抑えておこう。これでばれるかもしれないしな。
「またお戯れを。どうなっても知りませんよ」
俺達は無人の野を行くがごとく、全く邪魔も入らず奥まで進んだ。
そこで俺達の足が止まる。これ以上は莉世の領域なのだろう。
もうすぐそばにいるのが分かる。
俺達は気にすることもなく、足を踏み入れた。
空気がひりつく。周囲には妖怪は一匹も居ない。彼らも彼女の領域には決して踏み入れないのだろう。
「莉世、俺だ! 真だ! 久しぶりだな」
真は大声を上げる。
「真? 久しぶりじゃない。何百年ぶりでしょうか? 今更何しに来たのですか?」
高く妖艶な声が奥から聞こえてきた。
真が一瞬こちらを見る。正直に話していいか、という顔である。俺は首を横に振った。
「……お前の様子を見に来たんだ。最近も暴れていると聞いて心配でな」
「貴方が私を気にするとは思えませんけど。もしかして横の男は新しい主? 貴方も所詮いぬっころのようね……道満様以外の人間に従うなんて! 道満様以外の人間などゴミも同然。そんな人間に従う貴方も、当然排除対象よ?」
殺気がこちらまで伝わってくる。どうやら前と全然変わっていないらしい。
溢れだす妖気と共に、周囲の大樹が一瞬で消し飛んだ。
「仮にも知り合いの私にいきなり完全顕現とは……何も変わっていないようだな」
真は苦虫を嚙み潰したように言った。
その目線の先には、九つの尻尾を持つ巨大な狐、
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