第27話 契約

 俺の言葉を聞いた真が驚愕の声を漏らす。


「その名をなぜ⁉ それにこの強さ……もしや道満様ですか⁉」


「久しいのぅ、真よ。千年ぶりか」


 俺はようやく主を思い出した元式神に呆れた声を漏らす。

 一方、千年ぶりの再会となった真はその目から大粒の涙が零れていた。


「お久しうございます、道満様。まさか現世でまた会えると……。真は涙が止まりませぬ」


 そう言って、大きく頭を下げた。


「随分待たせたな」


「本当です。私も長い時を生きました。だが、今でも鮮明に思い出せます。道満様の式神として各地の大妖怪と戦っていたあの頃を。楽しく、刺激的なあの日々を」


 俺は封印術を解除すると、その巨体で真がとびかかって来た。


「お、重いぞ……」


「それくらい我慢してください。千年ぶりの抱擁ですので」


 そう言って、真は俺の頬を舐める。

 相変わらず手触りの良い毛並みに惚れ惚れとする。俺は顔を毛並みに埋める。

 癒し……。さっきまで命がけの戦いをしていたとは思えない状況である。


「道満様なぜここに? あの時、確かに奴に殺されたのでは?」


「確かにあの時、俺は死んだ。そして輪廻転生したのだ。過去の記憶を保ったままな。千年もかかったが」


「ほう……聞いたことはありますが、実際に輪廻転生した者を見るのは初めてですな」


「俺も成功するとは思わなかった。理に反する力なのは間違いない」


「それでも真は嬉しゅうございますよ。生涯の主と決めたお相手とまた会えたのですから」


 そう言って、顔をぺろぺろと舐めてくる。

 さっきまでの威厳はどこにいったんだ。


「ありがとう、真」


「私の元へ来られたということは、もう一度仕えさせて頂けるということですかな?」


「ああ。俺の式神として、再度戦ってくれないか?」


 俺の言葉を聞いた真は微笑む。


「勿論でございます。再度、天下をとりましょうぞ」


「臨兵闘者皆陣列前行。我が名は芦屋道弥。芦屋家にその名を連ねる陰陽師也。我が名において、命ずる。真よ、我と契約を結び、我が式神と成れ。急急如律令!」


 俺が呪を唱えると、霊気が徐々に真を包みはじめた。


「汝を主と認め、従おう」


 真の言葉と同時に、眩いほどの光が真から放たれた。光が止むと、真との繋がりが確かに感じられる。


 契約成功。


 俺の霊力が繋がることでわずかに真の妖力上昇を感じた。

 基本的に調伏された妖怪は、主である陰陽師の霊力に応じて妖気が上下する。つまり、一流の陰陽師が調伏すれば、六級妖怪の小鬼ですら四級妖怪ですら倒せるほど強くなることもある。

 こうして俺は今世で初めて式神と契約を結んだ。



 基本的に陰陽師は契約した式神を自由に呼び出せる。

 だが、その際には霊力を消費しなければならない。消費霊力は式神の妖気による。

 つまり強い式神ほど消費霊力が大きい。使用する霊力は基本的に召喚する式神の妖気の一割ほどが目安だ。

 だが、強い絆で結ばれた式神であれば、召喚に必要な霊力消費の一部を式神自らの妖気で肩代わりしてくれることがある。

 一般的に陰陽師は式神化する妖怪や神獣に認められさえすれば、自分より霊力の多い妖怪も式神化できる。


 だが、自分より大きく妖気の強い妖怪は式神化することはできない。

 認められようが、それ相応の霊力は必要なのだ。なので、強い妖怪を使役するには、力と霊力が共に必要と言われている。


「ところで真よ、他の皆はどうしている?」


 他の皆とはもちろん、俺の元式神達である。

 皆が皆、歴史に名を残す大妖怪。そう簡単に祓われているとも考え辛い。


「我等は主を元に繋がった者です。主なくして関わることもなく、もう皆と別れて千年以上経ちます。死んだとは聞いていないので、どこかにはいると思いますよ」


 妖怪だけあってドライである。


「誰の行方も分からんのか?」


「あの馬鹿だけは分りまする」


 真から珍しい誹謗の表現。それが意味する者は一人しか居ない。真はそのまま言葉を続ける。


「あの馬鹿は冬眠と暴虐を繰り返しております。主が死んだ後は特に酷く……。奴を祓いに行った陰陽師が百人以上は亡くなったと、聞いてます」


「そうか……莉世りぜは今も暴れているか」


 俺は昔の莉世を思い出す。


「主を失った奴はまさに解き放たれた獣です。一般人に危害は加えなかったものの、調伏に来た陰陽師は一人残らずこの世を去りました」


「莉世には俺も手を焼いたからな。それもこれも全てが懐かしい。会おうか、久しぶりに」


「奴にも会うおつもりですか。まあ、実力はありますが……仕方ありますまい。お供します」


「行こうか。だが、ここの守り神はお前だろう。来ても大丈夫なのか?」


「後継者はおりますので。まだ若い神狼ですが、力はあります。十分でしょう。おいで、かえで


 その言葉と共に、御神殿の裏から小さな狼が顔を出す。

 狼は俺を見ると、ぺこりと頭を下げた。


「すまないな、突然主を奪っていって。何かあればいつでも来よう」


「ワン!」


 狼はそう一言だけ吠えると、そのまま消えていった。








「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んで、明日向かいましょう」


「確かに。俺も久しぶりのしっかりとした戦闘ではしゃいでしまった」


 一級以上の妖怪との久しぶりの戦闘は流石に疲れた。連戦は厳しいだろう。


「私も楽しゅうございました」


「これからまた戦うことも増える。楽しみにしていろ」


「勿論でございます」


 そう言うと、真の巨体は一瞬で姿を消した。


『必要な時はいつでもお呼びください、主様』


 脳内に真の声が響く。式神と契約者はいつでも相互連絡が可能である。

 式神は顕現中は僅かだが、契約者の霊力を吸う。そのため真は姿を消したのだろう。

 まあ、巨大な狼を連れていたら警察に呼ばれるからというのもあるだろうが。

 俺は山を下りると、なけなしの金で近くの宿に泊まった。

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