第26話 大口真神
大口真神とは真神とも呼ばれ、日本に生息していた狼が神格化された神獣である。
古来より人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し悪人を罰する神として崇拝されていた。
神は祈られることにより、力を蓄える。真神は長年の間、作物を守護するとして農民達に崇拝されその力を高めてきた。それは現代でも同様だろう。
「子供が……よくぞ結界を破りここまで入って来た。殺さずにおいてやる、消えるがいい」
声が聞こえた。ここに居るらしい。
「断る」
「愚か者が……痛い目を見ないと分からないらしいな」
その言葉と同時に、宙に氷柱がいくつも浮かび上がると、俺めがけて襲い掛かって来た。
俺はそれを、霊力を込めた左手でなぎ払う。
随分手加減をされている。どうやら俺が道満であることに全く気付いていないようだな。
「ハハハハハハ! 子供の癖にやるではないか! だが、これはどうだ?」
笑い声と共に、周囲に厚い結界が張られた。
大気が震え、周囲の動物達が異変を察知し怒涛の勢いでその場から逃げ去る。
このレベルの妖怪と、敵として対面するのは転生以来初だな。
俺は粟立つ肌とは対極的に久しぶりの感覚に笑いを隠せなかった。
凄まじい妖力によって、空間が震え、歪む。
爆風と共に、顕現されたのは巨大な大狼。
全長は十メートルを優に超える。その清らかな心を示すような純白の毛に包まれ、まさしく神獣に相応しい風格があった。
鋭い眼光と、立ち振る舞いだけで、その強さが伺える。
真神はその妖力を前足に込めると、その爪を振り下ろした。
「
守護護符から光が放たれると、透明な結界が張られ、その一撃を受け止める。
止められたにも関わらず、真神は笑っていた。
「この一撃を止めるとは……! 人に止められたのは数百年ぶりか! たまらぬぞ! 子供と侮ったことを謝罪しよう! お主は間違いなく、一流の陰陽師よ!」
全身から殺気と共に、喜びに震えていることが分かる。
「楽しいのぅ」
しばらくは遊んでやる。久しぶりのじゃれあいだ。
全身から放たれる冷気により、木も草も、地面も全てが凍っていた。その一撃は大地を抉り、地形を大きく変える。
「いいのか? お前は守り神だろう?」
「良くはない。だが……たまらん! 一撃で壊れぬ者と戦うなど、いつ以来か。この歓喜が我慢できようか。付き合ってもらうぞ!」
真神から冷気のこもった咆哮が放たれる。
これが町に当たったら、周囲が消し飛ぶぞ。
俺は護符で咆哮を上空に逸らす。その一撃は天まで届き、雲を貫いた。
「これも逸らすか! 強いが……なぜ陰陽師なのに式神を使わぬ。別に責めぬぞ?」
痛いところを突かれた。確かに一匹くらいは調伏しておくべきだったかもしれない。
だが、二級以下では真神相手には時間稼ぎにすらならないだろう。
「サシでやろう。無粋な者は必要ない」
過去に調伏したとは言え、長時間戦うとこちらが持久力で負けてしまう可能性がある。それほどの強者だった。
「我を調伏しに来た陰陽師とは思えん言葉だ。我を相手に随分余裕を見せる。お主は一体何者だ?」
天災とも言えるほどの一撃一撃が俺の結界に叩き込まれる。一撃で砕かれることはなくとも、長時間は持たないだろう。
結界が砕けると同時に、俺は動きながら再度護符で結界を張った。式神のない陰陽師の攻撃手段はそう多くない。大物相手だと尚更だ。
俺は逃げ回りながら、よけきれぬ一撃を護符で受け止めた。ただの攻撃では効かないことを悟った真神が距離を取る。
「これも止められるかな?
真神は口に妖気を集中させる。奴の得意技だ。その一撃は周囲一帯を氷の世界に変える。
そんな一撃が放たれた。
「はしゃいでいるな……。俺がだれかも分からぬとは。臨兵闘者皆陣列前行。
俺は金剛石でできた巨大な壁を重ねて二枚生み出しその一撃を防ぐ。縦横二十メートルに、一枚厚さ三メートルはある壁である。
大気が、結界が震えるほどの巨大な霊力と妖気のぶつかり合い。その一撃が爆ぜると、真神が張った結界が粉々に砕け散った。
「ハハハハハ! 滅多な一撃では壊れん結界も砕けてしまったわ!」
はしゃぐ真神とは裏腹に俺は冷静だった。
仕込みは整った。陰陽師との戦闘は久しぶりのようだな。
「臨兵闘者皆陣列前行。
俺の言葉と同時に、真神の地面から光が放たれる。真神の地面には囲うように四方に護符が置かれている。その中心には真神。
地面から千本の黒縄が生み出され、真神を縛り付ける。
黒縄とは地獄の一つである黒縄地獄で用いられる、罪人を縛り付ける熱く焼いた縄である。
亡者も裸足で逃げ出す地獄の縄だ。
それにより、真神が地面に縫い付けられたように動けなくなる。
「このレベルの封印術を一人でやるとは……!」
「はしゃぎすぎだ。
俺は動きの封じられた真にそう告げた。
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