第9話 夜月
「あれが忌み子と噂の……」
「あまり大きな声では言えませんが、私初めて見ました」
その目線の先には、つまらなさそうに床を見ながら立つ少女。
何より目立つのは日本人らしくない、銀色に染まった長髪。
大きな瞳に、通った鼻筋。新雪のように真っ白い肌。その美しさからも、彼女は目立っていた。だが、目が死んでいた。
あの髪……呪いか。
俺は昔も見たことがある。妖怪が幼い子に取り憑くことがあるが、祓った後も呪いとして残り続けるのだ。だが、少女は他の子供達より明らかに霊力が高い。将来はいい陰陽師になるだろう。
妖怪によっては目が見えなくなったり、手足の一部が動かなくなったりと呪いは様々だ。
平安時代は、触れると移ると、迫害されている者も居た。
これほど時代が経っても、人は分からない物を排除するのか。
「みろよ、あの髪。呪われているぜ」
「お前、触って来いよ」
少年二人が少女を見て騒いでいる。あの少女はどこかの弱小陰陽師家の子供だろうか。
相変わらず、陰気な業界だ。陰口を叩かれている姿が、父と重なった。
陰険な奴等は……嫌いだ。
俺はすたすたと少年達の前まで歩いていき、はっきりと告げる。
「お前ら、五月蠅いんだけど?」
突然の言葉に驚いたのか、少年達は顔を見合わせると、そそくさと逃げて行った。
「まあ、なんという言葉。芦屋家は教育すらしてないのかしら?」
「酷いわね……。流石芦屋家。口も悪いわ」
とおばさん達がひそひそ口にする。
お前達の耳は腐っているのかと言わずにはいられない酷さである。
少女は驚いたような顔をした後口を開く。
「君、誰?」
「道弥」
「そう。礼は言わないぞ?」
「別にいらん。気に入らないから、言っただけだ」
会話はそこで止まる。二人とも無言で結界破りの会場を見つめる。
すると、結界が解除された音が響きわたる。
「おお! 凄い! ここで新記録だ!
とスタッフが大声を上げる。
その記録に大人達も驚く。
「流石、御三家だ! 宝華院家は安泰だな」
「まだ六歳だろう?」
とすっかり盛り上がる。
その記録を打ち出した少年は堂々と胸を張っている。
俺もその記録に感心する。
父も、自分をこんなところに放り込んでどうするつもりだったのか。
友達どころか、誰一人友好的ではない。いや、子供が皆こちらを嫌っている訳ではないが。
すると、さっき脅した子供が、小学生くらいの態度と図体のでかい子供を連れて再びやって来た。
「おい、そこのチビ。お前もやってみろよ、結界破り」
とでかい子供が言う。
「とし君は、結界をさっき破ったんだぞ。しかも六分で! 凄いだろ!」
六分ということは、さっきまで一位の子供である。宝華院なんたらに敗れたようだが。
「別にやる気はない」
俺はあっさりと断る。だが、その俺の態度が気に入らなかったのか、でかい子供はさらに言葉を続ける。
「できないんだろう? さっき大人が話してたけど、裏切者で有名な芦屋家らしいな。卑怯なことをしたうえに負けた弱い芦屋家には結界破壊なんて、無理か? お前の両親もどうせ卑怯なんだろう?」
こいつ……。
所詮子供の戯言だと、無視しても別に構いはしない。だが、それを繰り返した結果が、現在の芦屋家を生んだともいえる。
クソガキに、分を弁えさせるのも、大人の仕事だろう。
それに……これ以上芦屋家が馬鹿にされるのも御免だ。
俺は無言で、結界破りのステージへと歩む。
「次は君が挑戦者かな? 頑張ってね」
ステージ上の陰陽師スタッフが俺に声をかける。俺は無言で頭を下げる。
「それではスタート!」
スタッフの号令が入った瞬間、俺は手を簡易結界に当て、霊力を流し込む。次の瞬間、簡易結界は粉々に砕け散った。
「……えっ?」
割れた結界が宙に舞う様子を見たスタッフの陰陽師は、いきなりの状況に言葉を失う。
周囲の大人達も突然の光景に息を呑んだ。
「なっ! 一瞬で⁉ 大人でも難しいぞ。力任せに破ったのではない。完全に解読したうえで、結界を破った」
「誰だ、あの子は!」
すぐに会場がざわめく。
目立ってしまった。やりすぎたか。
ここで、名を一気にあげてもいいが、まだ年齢的に俺は陰陽師免許をとれない。
今は時期ではない。
「君、名前は?」
スタッフに声をかけられるものの、俺はそれを無視して逃げる。
会場を出る直前、先ほどの少女に声をかけられる。
「ねえ」
「ん?」
「私は、
突然の自己紹介だ。いったい、どういう意味なんだろうか。
「そうかい、夜月。さよなら。俺は逃げるよ」
俺はそう言って、子供用のスペースから逃げ出した。
後ろから陰陽師スタッフが追ってくるが、俺は大量の一般客に紛れる。
「そういえば、父が迎えに来ると言ってたな。まあいいか。置いて帰ろう」
俺はそのまま自宅に戻ることにした。
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