第8話 陰陽師フェスタ

「今日は陰陽師フェスタが開催される。せっかくだ、道弥も来なさい。私はスタッフだから、あまり一緒に居てはやれないが」


 翌日、朝食中の俺に父は切り出した。

 陰陽師フェスタとは、陰陽師協会が年に一度主催する陰陽師について知ってもらうためのイベントのようだ。

 普段は妖怪退治や結界などで市民と関わる機会がそう多くないため、陰陽師に関する理解を深めてもらうために様々な催しをするらしい。


「はーい」


 芦屋家が嫌われているせいか、普段他の陰陽師と関わる機会がない。現代の陰陽師を見ることができるイベントだ。素直に楽しもう。


「海沿いのイベント会場で行われている。行くぞ」


 こうして俺達は朝早くから電車に乗って、会場へ行く。

 電車という物は何度乗っても凄いものだ。

 馬が必要なくなるのも納得である。


「今日は式神も見れるぞ。道弥も将来式神にしたい妖怪はいるか?」


 電車で二人席に父と座っていると、父が尋ねてきた。


「別に……思いつかないな」


 式神といえば……あいつら元気かな?

 あいつらのことだ、まさか祓われているとも思えない。一柱一柱が、かつては国を滅ぼしかねない力を持っていたのだから。

 俺は、かつて使役していた式神達を思い出していた。


「私のお勧めは、やっぱり中鬼だな。数も多く、使役しやすい。戦闘力も四級にしては高い」


 父が中鬼を勧めてきた。俺の霊力を考えると、中鬼程度では力不足だが、そうはっきり言う訳にもいかない。


「考えておく」


 俺は一言だけ返すと、式神について考える。

 今はまだ霊力が足りない。霊力が十分に戻ったら再び探そうか、あいつらを。

 電車に揺られること三十分、イベント会場にたどり着いた。

 道が人で埋まっている。


 陰陽師という職業に興味のある者がこんなにいることに驚く。

 昔は、時代のかげという存在だった。だが、今は怪物を倒すヒーローとして地位や名声を得ている。

 喜ばしいことだが同時に、陰陽師という職は陰かげで良かったのではないか、という気持ちもある。


 まあ、それは俺が考えることではないか、そう思いながら俺は父とイベント会場に入っていく。

 建物の中には、おそらく陰陽師に使役されている妖怪達がふよふよと浮かんでおり客に手を振っている。

 周囲を見渡すと、すぐそばに妖怪と触れ合ってみよう! というコーナーがあった。


「可愛いーー!」


 小さい女の子が、手の上に妖怪の猫又を乗せて幸せそうに笑っている。

 猫又は日本の民間伝承や古典の怪談にも出てくる妖怪だ。

 猫又は山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われている猫が年老いて化けるといわれるものと、二種類いる。


 今、あそこにいるのは後者だろう。普通の猫とは尻尾の数で見分けることができる。

 猫又は二つの尻尾がある。

 その横にはカップルが管狐と戯れていた。

 管狐は真っ白な毛をした、イタチのような姿をしている。

 竹筒の中に入ってしまうほどの大きさなので、管狐と呼ばれているが、厳密には狐というより、イタチの妖怪だ。


「とっても可愛いねえ」


「管狐は六級妖怪なので、術者に大きな負担もないので、お薦めですよ。何より可愛いですから!」


 おそらく職員である女性の陰陽師が管狐を推している。背後にある大量の竹筒からして、管狐を大量に使役しているらしい。


「私も習ってみたいなあ」


 触れ合いコーナーにいる妖怪達は見た目が可愛らしい妖怪ばかりが集められているらしい。

 まあ確かに小鬼ばかり並べても誰一人来ない気がするから正解ではあるが。


「父さんも触れ合いコーナーで、スタッフをするのですか?」


「……メインイベントの誘導スタッフだ」


 陰陽師である必要が全くないな。ほぼバイトである。給料を聞くのも怖い。

 メインイベントは三級陰陽師が三級妖怪を倒すイベント。普段妖怪と陰陽師が戦う姿など生では見れないから大人気イベントのようだ。


「子供用のイベントもあるから、そこで待ってなさい」 


 父に連れられた先は、子供とその親が沢山いる謎のスペース。

 子供は三歳から八歳程度までの子が、思い思いに遊んでいる。


「ここは、陰陽師家の子供が集まるところでな。陰陽師の友達を作るいい機会だ。遊んできなさい。仕事が終わったら迎えにくるから」


 父はそう言うが、中々に居心地は悪そうだ。


「あれ……芦屋家じゃない?」


「あ、本当ね。陰陽師辞めてなかったのね」


 とおばさん達が父を見てひそひそ話している。父はもう慣れているのか、たいして気にせずに俺をここへおいて去っていった。

 現代の陰陽師のレベルを見るためにここに来たが、これでは全く分からん。


 することもなく、スペースの中央に目を向けると、小さなステージの上で子供達が簡易結界を破るタイムを競うゲームをしている。

 制限時間は十分じっぷん。その間に、大人が護符を使って作成した簡易結界を破れば成功だ。


 次代を担うであろう子供達は必死に結界を破るために、手を結界に当てている。

 俺も昔よくやったなあ、と結界を見つめる。簡易的な五芒式結界だが、まだ子供達には難しいだろう。

 結界の解除はパズルに近い。霊力を結界に流し、一つ一つ解除していく。

 また一人子供が失敗したらしい。


「無理だよー!」


 子供が叫ぶ。


「よく頑張ったねー。これは本当は中学生以上が解く物だから、仕方ないよ。はい、参加賞」


 と言って、大人のスタッフが飴玉を渡している。

 正面の電光掲示板には、三人の名前がタイムとともに載っている。

 現在一位は六分十一秒。

 年齢を考えると十分だろう。


 それより気になるのは俺に突き刺さる大人の視線だ。

 芦屋家はどうやらかなり悪目立ちをしているらしい。

 だが、この空間に俺と同じようにひそひそと陰口を言われている子供がもう一人いた。

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