2-2 花形歌手
叔父に売り飛ばされてから約八年。
背が伸びてハイヒールを履けば誰にも見下されなくなった十九歳になっても、菫玲は舞台で歌い続けていた。
幼いころと違うのは、菫玲はもはや前座に出てくる可愛らしい少女のうちの一人ではなく、大勢の踊り子を引き連れて堂々と歌う花形歌手であるということである。
夜でも昼のように明るい、ナイトクラブやバーが立ち並ぶ西都の歓楽街の中でも、一際ネオンライトが鮮やかに光り輝くキャバレー「月のかげ」はホリゾン・ブルーの塗装が目を引く大きな劇場で、薄暗く洗練された店内は客が数百人は座ることができる。
常に完璧に磨かれた銀色のテーブルの上には、舶来の果実酒が注がれたグラスや冷肉が盛り付けられた皿が並ぶ。テーブルを取り囲むように置かれた青いベロアのソファには、上品なスーツを着た紳士たちが座って、舞台を見ながら歓談していた。
その閉じられた世界にいる人々の関心をすべて集めているのが、今はまだ金色のオペラカーテンの奥に身を隠している菫玲だ。
菫玲は遠い異国の女神を模した、ドレープの美しい真っ白なロングドレスを着て、耳の下あたりで切り揃えた金色の髪に真珠の飾りをつけている。
そして両側に大きな羽根扇を持った踊り子の少女を伴い、舞台の中央に置かれた階段状の台の上で幕が上がるのを菫玲は待っていた。
「それではお待たせいたしました。当店で一番の、いや皇国で一番の歌姫。至高の芸術を体現した美女。阿佐香菫玲の登場でございます」
タキシードを着た司会の男が仰々しく前置きを述べると、菫玲を待っていた客の男たちの拍手が鳴り響いた。
やがて拍手の音に被せるようにオーケストラボックスから哀愁の漂うサックスの調べが流れ、ゆっくりとオペラカーテンが上がっていく。
菫玲は深く深呼吸をして、目をつむってしまいそうなほどにまぶしい照明を浴びた。
それから音楽の拍子を少しも逃さずに、マイクを使わない生の声で歌い始める。
恋をすることについて
すべてを言葉にできる人はいるかしら
恋に夢中になったり、計算ずくでいたり
みんなそれぞれ違うことを言うわ
ゆっくりと階段を下り、長い腕と指を使って舞いながら降りれば、チュール生地のドレスを着た踊り子たちが操られるように羽根扇を揺らして移動する。
菫玲の声は朗々と響き、客席に座る男たちの酒を飲む手を止め、話す言葉を途切れさせた。
(そう、私はこの夜の街の一番のスタアだ)
舞台上で歌手という仕事に従事してみても、菫玲は歌うことが好きでも嫌いでもない。
しかし祖母に教えてもらった島唄から都会で人気の流行歌に歌う曲が変わっても、菫玲の巧みで情感のある歌声は人の心を魅了し続けた。
その結果、菫玲は店の隣にある映画館で上映されている外つ国の映画の主人公のように、
菫玲が歌えば客席は埋まり、菫玲がささやけば男たちはひざまずく。
田舎では気味悪がられていた金色の髪に青い瞳も、西都の歓楽街では蠱惑的なものとして好意的に認められた。
楽しい恋に、悲しい恋
穏やかな恋に、激しい恋
正しい恋に、間違っている恋
どの恋もすべて美しいの
日焼けする機会が減って本来の白さを取り戻した顔に白粉を塗り、紅を挿したくちびるで艶やかに微笑んで、秘密めいて背徳的な恋の歌を歌う。
すべてを輝かせる照明の中で昔の名前を忘れて、菫玲は踊り子が全員下がった舞台上で客の男たちのすべての視線をただ一人で受け止めていた。
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