1-5 就寝時間
夕食とその片付けを済ませた桜良は、明里が失敗した巾着を縫い直し、一番最後の冷めてぬるい風呂に入ってすぐに就寝した。
少しでも長く眠らなければ明日も働けないので、自分のことをして過ごせる余暇は桜良にはない。
薄くひんやりとした布団にもぐり込み、桜良は電灯を消した暗い天井を見上げる。
(あの人もそんなに私が嫌なら、最初からどこかの養子に出せばよかったのに)
まるで他人事のように、桜良は都志子の選択を心のなかで非難した。
庶子を養子に出すのはめずらしい話ではないのだが、都志子は桜良を家からは出さなかった。都志子は自分から夫を奪った女の娘である桜良が、自分の目の届かない場所で幸せになることが許せないのだ。
見目も悪くなく、黙ってよく働く桜良は意外と縁談を持ちかけられるのだが、これも都志子が適当な理由をつけて尽く断った。
大戦後の皇国は西洋の国々ほどではないものの成人男性の人口が減っており、結婚相手を見つけることが難しくなっている。そのため桜良に縁談があるのは非常に幸運なことだったのだが、都志子がいる限り話が進むことはない。
桜良は都志子によって、檻のない牢獄に幽閉されているようなものである。
(だけど、この家を出ていけば幸せになれるとも思えない)
だんだん重くなってきたまぶたを閉じて、桜良は自分の将来の可能性について考えた。
例えば都志子が死ねば状況は変わり、桜良は誰か立派な人の嫁になったり、もしくは妾にしてもらったりできるのかもしれない。
しかし妾として大切にされ、美しいドレスや屋敷を与えられていた母親の、どこか淋しげな横顔を覚えている桜良は、異性に愛されればそれで幸せになれるのだとは信じられなかった。
決して、孤独が心地よいわけではない。
だが今更他人と深く関わって生きていける気もしないほど、桜良は孤独に慣れていた。
何も憧れず、何も望まず、ただいつか終わりが来るのを待つ。それが桜良の人生だった。
(あの広い森にいらっしゃる神様たちが知ってる時間の長さに比べれば、私が死ぬまでなんてほんの一瞬のはず……)
眠りにつきながら桜良は、西都の近郊に広がる聖域である「神在森」にいる神々のことを考えた。
人は神々を祀り、神々は人を祝福する。
桜良が暮らす国である皇国の各地には永遠に近い時を生きる神々がいて、特に西都の北にある神在森には格式の高い神々が招かれて住んでいる。彼らとの対面が許されているのは皇族や古い歴史を持つ旧家だけであるので、神在森は聖域として厳重に管理され神々の存在とともに祀られている。
神々に会う権利を持つ家系ではないため、それなりの名家である久世月家の人々も聖域の森には立ち入ることはできない。だから久世月家に認められた庶子ですらない桜良が、森の神々を目にすることは絶対になかった。
だが見ることができないからこそ、桜良は神々について考えることが好きだった。
(今を生きる私たちのしがらみも、きっと神様にとってはつまらないものだから)
桜良は一日の終りには必ず、祈るように神々の姿を思い浮かべる。学のない桜良には、正式な祈りの言葉も、本当の神の形もわからない。
しかしそれでも夜に布団の中で目を閉じたときには桜良は、暗い森の奥にいる神々に想いを馳せる。幼い頃はそれほど興味はなかったが、今は想えば安らげる存在だ。
(私が幸せでも不幸せでも、神様の前では小さな問題だと思えば諦められる)
こうして桜良は布団の中で何かを祈りながら、重く疲れた身体を泥に沈めるように眠りにおちた。
何を想像しながら寝ても、桜良の眠りは星の見えない高窓の外の夜空と同じで、暗くて寒々しい虚無であり夢も見なかった。
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