第15話 引き継ぐ者3 終わり
城にある私の執務室で落ち着かない様子の領主オーガスティン様が歩き回っている。
私は急ぎの案件を済ませ留守中の代理をすぐ下の弟ハーヴィーに頼むと屋敷へ取って返すつもりだった。
「いい加減に諦めてください、オーガスティン様」
「だがマティウスがいなければ反発が起こったときの対処が……いやそれより、本当にハーヴィーでいくのか?」
今後の為に今回一時的にハーヴィーに騎士団長の役目を代行させその仕事ぶりを見てもらうつもりだ。前々から根回ししていたにも関わらずオーガスティン様は不満を口に出す。
「またテンプルウッドかとエルナンデスが言ってきているのだぞ」
同じ派閥のクセに往生際の悪い男め。
「文句があるなら相応しい人物を立てろと言ってください」
フェアリーネの兄であるユージーンに娘を嫁がせ派閥内でいい位置にいるせいか事あるごとに口を挟んで来るエルナンデス侯爵。その息子トリスタンでは騎士団長には向いていないと誰もが思っている。息子の夫人の実家が公爵でそこからの口出しも厳しいのだろう。
「だが、私だけでは……」
「その為にハーヴィーを一時的に据えるのです。対処はハーヴィーに言ってください」
これくらい自分達で処理出来なくてこの先が続くわけがない。
「必ず三ヶ月で帰ってくるのだぞ!」
しつこいオーガスティン様が涙目でいう。
「えぇ、問題無ければそのように」
片付けを済ませいよいよ屋敷へ戻ろうと言う段になってハーヴィーとリッカルドがやって来た。
「兄上、まだいたのですか?」
自分の荷物を部下達に運ばせながらハーヴィーが驚いた顔をしている。
「早くしないと、姉上が待っていますよ」
リッカルドがハーヴィーの隣にある補佐用の机の上に自分の荷物を置く。
「マーゴットはどうだ?」
リッカルドの妻の様子を尋ねると途端にニヤけた顔をした。
「もうお腹がだいぶん目立ってきたよ。きっと男だ」
あれ程父親になることに臆していたクセに今は楽しみで仕方が無いようだ。
「姉上はどうです?一人で大変だろうと妻が気にしていたけど」
ハーヴィーが心配してくれている。
「あぁ、もう臨月だから大変そうだがなんとか過ごしているようだ。周りにも経験者がいるし、彼女も初めてではないからな」
そうは言うもののやはり心配だ。
アデミンストへ帰ってきてしばらく経ち、子供達が帰ってきたときに初めて聞かされたフェアリーネの妊娠。
直ぐに農村へ向かおうとする私を号泣して引き止めるオーガスティン様を振り切ろうとする私にリアムが彼女からの手紙を渡してきた。そこにはたった一行。
『順調なので来なくて良い、出産までにケリをつけろ』
まるで期限間に合わなければ一生会わないと言われたようで血の気が引くのを感じた。
あれから数ヶ月、片付けを終え縋るような目のオーガスティン様を今度こそふりきり屋敷に戻ると農村へ向けてまとめてある荷物をスレイプニルのマチルダに積み込んだ。
「父さま待って!これも持って行って」
出発寸前にアリーチェが駆け寄ってきた。
「学院は終わったのか?」
今朝別れは済ませていたがギリギリで帰ってきたようだ。
「これエイダン先生とカイリン先生から。母さまに渡してって頼まれたの」
アリーチェから数冊の本と小さな木箱を渡された。
「研究課題とお祝いだって」
また新しい薬草の栽培実験か。
「フェアリーネは出産を迎えるというのに」
呆れているとアリーチェがクスリと笑う。
「これは父さま宛よ。流石に産後すぐの母さまに研究しろとは言わないわよ」
まだ十歳になったばかりだというのに急に大人びてきたアリーチェ。
近頃何故かバルテレミー様がアリーチェに薬学を教えるという目的で領主になるための勉強の合間を縫って研究室へ入り浸っているようだが……気のせいか。エイダンにはキツく言い渡してあるから大丈夫だろう。
「リアムと仲良くな」
「大丈夫よ、母さまに宜しく。冬前に行くつもりだから」
「わかった。伝えておく」
アリーチェを抱きしめてマチルダに乗り込むと急ぎ農村を目指して駆け出した。
妊娠中は独りで過ごさせてしまったが出産には必ず付き添わねば。
数カ月ぶりに会えると思うと私の胸は高まる。ましてまた家族が増えるのだ。
離れている間に妊娠を告げられた時は本気で目眩がした。
何故私が彼女の傍にいないのかを一晩中悩み翌朝から出産に立ち会う為の調整に奔走した。
勿論出産時だけでは駄目だから、一応三ヶ月という期限を切った休暇を取ったが上手く運べばこのまま騎士団長を辞めるつもりだ。
オーガスティン様は何かと文句を言ってくるだろうが農村へ行ってしまえばこっちのものだ。有事には駆けつけると約束すればどうにかなるだろう。
「マチルダ飛ばすぞ!!」
アデミンストを出た辺りで手綱を握りしめ気合を入れた。
フェアリーネ、いま行く!!
おしまい
続・転生者にも事情がある 蜜柑缶 @mikan00
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