第14話 引き継ぐ者2

 どうして駄目なのかを尋ねようとしたとき、フェアリーネ達が行った方向から声が聞こえてきた。


 三人同時にそれに気づいて一瞬固まる。


 


「マティ……だいじ……」


 


 切れ切れに聞こえるフェアリーネのか細い声にひかれるように三人で足を忍ばせ近づいていった。


 風に乗って運ばれていたのか思っていたよりも離れた場所にいた二人を見つけて驚いてしまう。


 フェアリーネが炎龍を亡くした事を嘆き悲しんでいるのだろうと思い近づいたそこには、彼女の胸に抱きしめられているマティウスの姿があった。


 


「マティウス、大丈夫よ。私はここにいるわ」


 


 優しく声をかけるフェアリーネに無言で抱きしめられているマティウス。背中に回した両手が必死に彼女を掴んでいる。


 


「どこにも行かないわ、貴方の傍にずっといるから」


 


 愛しげに髪を手で梳きながら囁くように言葉を繰り返す。


 


「貴方を置いて死んだりしない。ホントよ、私の方が年が下だし、男の人より女の方が長生きするのよ」


 


 美しい顔をマティウスの髪に近付け頬ずりする。


 


「貴方が死ぬまで傍にいるから、きっと一人にしない。約束するわ、だから安心して……」


 


 アリーチェが私の手を引きリアムも連れてそっとその場を離れた。


 


 両親の、父親の姿にショックを受けたような様子で俯く二人。


 それは私も同じで、これまでマティウスが項垂れるところなど想像が出来なかった。騎士団長で氷の魔術の最高術者、自分の父親に刃向かい追いやるほどの実力者でこれまで敵無しという頼もしい姿しか見せられて来なかった。彼が唯一動揺するのはフェアリーネの事だけで……


 


「父さま考えちゃったのね」


 


 アリーチェが小さく呟く。


 


「仕方無いよ、炎龍のあんな姿を見せられちゃ。母さまが死んだらどうしようって僕だって思ったもん」


 


 リアムがグスリと鼻をすすった。


 


「弱気なこと言ってるんじゃ無いわよ。リアムには私が付いてるって言ってるじゃない」


 


「それは僕のセリフだよ、何だよ急に強気に出て」


 


 言い合う二人を見ていると年長である自分が動揺してはいけないという気持ちになる。


 


「大丈夫だよ、二人とも。マティウスは今少し落ち込んでいるだけできっとすぐにいつもの彼に戻るさ。あのマティウスがこのままの状態である訳がない。きっと直ぐに……直ぐに……」


 


 直ぐに?本当に、大丈夫なのか?


 自分で口にした言葉が信じられず先が続かない。私もかなり動揺しているようだ。


 


「バルテレミー様、しっかりしてください!これは一時的な事です。父さまも母さまも強い人です。直ぐにとは言いませんが必ず立ち直りますから心配はいりません」


 


 リアムがキッパリと言い切った。


 


「さぁ、先に皆のところに戻りましょう。この事は誰にも内緒ですよ」


 


 アリーチェが私の手を引きテントを張った場所まで連れて行った。


 


 


 


「さぁ、これで温まってください」


 


 アリーチェに渡されたカップを手に焚き火にあたっていた。


 いつの間にこんなことに……


 あの子達を慰め支えるはずが私の方が面倒をみてもらっているなんて。


 


「体を温めれば気持ちも楽になりますよ。慣れない森歩きで疲れが溜まっているんですよ」


 


 毛布を肩からかけてくれるリアムを見てマーゴットが笑いをこらえている気がする。


 焚き火にかけられた鍋からはいい匂いが漂いグツグツとスープが煮える音が聞こえる。


 すっかり夕食の準備が出来た頃、フェアリーネとマティウスが寄り添いながら戻って来た。マティウスがフェアリーネを気遣い温かい場所に座らせると甲斐甲斐しく世話をしている。それをフェアリーネが嬉しそうな顔で受取っていて……なるほど、マティウスがこうしてフェアリーネの世話をすることで自分を保っているのだな。


 


「大丈夫そうね」


 


 マーゴットがリッカルドど微笑ましそうにそれを見ているが二人の目にはどう映っているのだろう。


 マティウスに支えられるフェアリーネの姿なのか。


 フェアリーネを支えることで支えられているマティウスなのか。


 だがどちらでも構わないだろう。二人が幸せなのは間違いない。


 


「手がかかる夫婦」


 


「ホントに」


 


 双子の言葉は焚き火が爆ぜる音にかき消されていった。


 


 


 


 強行ではあったが何とかフェアリーネ農村まで帰ってくることが出来た。体は辛いが二日後には首都アデミンストへ向けて立たなければいけない。


 相変わらずマティウスとフェアリーネは二人で過ごしているがどちらも森の中にいた時よりは柔らかい表情をしているので大丈夫だろう。


 アリーチェとリアムはやはり少しの間ここへ残るようだ。


 


 いよいよ明日は出発するという事で皆で夕食を食べることになった。


 明日帰るのは私とマティウス、リッカルドとイライジャで、マーゴットは双子が帰るときに一緒に戻る事になった。


 フェアリーネがここに滞在することでマティウスが数名の護衛騎士を送り込む算段をリッカルドとしている。どうやらアリステアが来るようだ。


 


 食事を食べたあとそのまま皆でお茶や酒を楽しんでいた。リッカルドがマーゴットと名残惜しそうに過ごし、マティウスがアリーチェとリアムに何かを話している。滞在中に勉強すべきことを教えているのだろう。


 


「バルテレミー様、体調はいかがですか?」


 


 フェアリーネがにこやかに私の隣に来た。


 


「貴方の方こそ、ですが顔色は良いですね」


 


 炎龍からの影響が無くなったせいかフェアリーネはかなり顔色が良い。


 


「えぇ、随分楽になりました」


 


 彼女の視線はマティウスと子供達に向けられている。


 


「マティウスは大丈夫そうですか?」


 


 まわりに誰もいないことを確認し尋ねた。


 


「えぇ……多分……っ!?バルテレミー様、あの、どうしてそんな事を」


 


「すまない、少し、聞えてしまったというか……見てしまったというか」


 


 森の中での事を匂わせると途端にフェアリーネ顔が赤くなったり青くなったりした。


 


「見、見、見たって!何をどこまで!?」


 


「いや、私が見たのは君がマティウス慰めているところだが……」


 


「本当に?それだけですか?」


 


 一体あの後あそこで何をしていたんだ?動揺し過ぎだろう。


 


「ぷっはは、それだけですよ。すぐに引き上げましたから」


 


 そういうと心底ホッとした顔した。まったくなんて夫婦だ。


 


「そ、そうですか。それはお恥ずかしい所をお見せしてしまいましたわね、オホホホ」


 


 まだ動揺さめやらぬ様子でフェアリーネがなんとか自分を立て直している。


 


「私も出来るだけマティウスが早くここへ移住出来るよう、父上に申し上げますよ」


 


 そう言うと、フェアリーネは嬉しそうににっこりと微笑んだ。

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