第12話 終焉2


 幾度となくフィアンマの吐息のような炎がソーレに吹きかけられる。それはまるで最期の会話がかわされているようで、真っ白だったソーレの体が全て燃えその灰が宙に舞い、キラキラと朝日に散っていくまで続けられた。


 


 ソーレがいなくなり、独り残されたフィアンマが私を見下ろしていた。


 


「駄目よ……」


 


 小さく呟いたがフィアンマはくるりと首を返すと力強く羽根を羽ばたかせた。


 艷やかだった黒い鱗は薄っすらと白く濁って見えた。


 フィアンマが高く飛ぶに連れ、私との間にあった繋がりが薄れていく。


 


「嫌、行かないで……」


 


 立ち上がる私をリアムとアリーチェが手を握り引き止める。


 


「母さま、ここにいて!」


 


「私達の所にいて!」


 


 滂沱の涙を流し嗚咽をもらす私にマティウスがそっと手を肩に置いた。


 


「傍にいては君が悲しんでる気持ちがフィアンマにも伝わる」


 


 フィアンマの悲しみは私の悲しみ。


 そして私の悲しみもフィアンマの悲しみと言える……同調していれば。


 最期にふっと優しく微笑まれたように穏やかなものに包まれてすぐ、繋がりを断ち切りフィアンマは遠く見えなくなった。


 軽くなった心に体がついていけず、私は意識を手放した。


 


 


 


 焚き火の爆ぜる音が聞こえる。


 まぶたの裏にゆらゆらと光が揺らめき私の髪を撫でるマティウスの手を感じる。


 


「気がついたか」


 


 身動ぎするとマティウスの顔が頭の上から覗いた。


 


「どれくらい眠ってた?」


 


「ニ時間ほどだ」


 


 手を借りて起き上がると彼が私の体の状態を確かめる。


 


「もう大丈夫よ」


 


「大丈夫な顔じゃない」


 


 彼は力無く微笑み泣いて腫れた目を癒やしで治してくれる。


 


「大丈夫になったでしょう?」


 


「私は腕が良いからな」


 


「知ってる」


 


 周囲を見回したが子供達の姿が見えない。


 


「ルーチェを見に行った」


 


 探していることに気づいたマティウスが教えてくれた。


 


「大丈夫なの?貴方が一緒に行かなくて」


 


 立ち上がると直ぐに狭い通路を上っていった。


 アリーチェが急にルーチェが呼んでいると言い出した為、勝手な行動はしないとよう言い聞かせイライジャ様とバルテレミー様がリアムも連れてカルデラの中へ入ったそうだ。


 


「火口の下には行くなと言ってある」


 


 通路を上がりきった所に約束通り皆がいて、下りていなかったがルーチェが上って来ていた。


 


「ちょっとルーチェ!なにしてるの!?」


 


 斜面に足を踏ん張り触れない程度に近い距離で対面している炎龍に、イライジャ様が涎を垂らさんばかりに恍惚としていて、かなり気持ち悪い。 


 


「こんなにも間近に炎龍が……」


 


 何とかルーチェに触れようとするとその震える手をアリーチェがペシッと払った。


 


「だから!駄目だって何度言えばわかるのですか?」


 


 幾度となく繰り返されたであろうやり取りだとわかるほどイライジャ様の手が赤くなっていた。


 グッジョブ、アリーチェ!


 


「イライジャ様、ルーチェを不快にすればここの皆に危険が及ぶのですよ。いい加減になさらないと」


 


 私に気づいたイライジャ様がまだぼうっとした顔で振り返る。


 


「フェアリーネ、気がついたのですね。あなたからも頼んでくれませんか?前のようにほんの少し触れるだけで構わないのだ」


 


 前回ここに来たときもイライジャ様は必死に頼み込んでフィアンマに触れただれた手を暫くの間治しもせずに眺め悦にイッていた。


 あの時は、確かにフィアンマがここにいたのに……


 飽きもせずまた涙が流れ落ちる。胸の奥に出来てしまったこの真っ暗な空洞をどうやって埋めればいいのかわからない。


 


「すまないねぇ、余計な事を言ってしまったようだ。炎龍は……残念だったね」


 


 ソーレが亡くなった今、フィアンマもどうなってしまうかわからない。だけど私の記憶にはフィアンマが生きたままの状態で繋がりが切れた。


 きっと目の前であの子を失えば私もどうなるかわからないと思いそうしてくれたのだろう。


 龍は深い繋がりを持った片方が死ねばもう片方も長くはない……


 私は龍ではないけれど……


 


「いいえ、大丈夫です。今はまだ悲しくて寂しいけれど、先人の声に従うなら時が解決してくれるらしいので……」


 


 本当にこの痛みが薄れる時が来るのかは疑わしい。


 


「さぁ、みんなでお別れを言いましょう」


 


 無理に明るい声をあげてルーチェに近寄った。


 若く艷やかな鱗に覆われた首に触れた手から気持ちが伝わる。フィアンマのそれとはまた違うヤンチャで若草のように希望に満ちた心。


 


「今日からルーチェ達がここで暮らすらしいわ」


 


 炎龍が穏やかに暮らせる場所はここ以外には無いだろう。


 


「番も一緒でしょう?卵が生まれる?」


 


 アリーチェが私と手を繋ぎ反対の手でルーチェに触れ探るような目をする。


 


「頑張る、だって!」


 


 にこやかに炎龍の家族計画を確認した娘よ、大胆だね。


 


「僕も触る!」


 


 アリーチェと場所を入れ替わりリアムも龍に触れる。アリーチェはマティウスの元へ傷を治しに向った。


 


「……やっぱり何も聞こえないや」


 


 肩をすくめてアリーチェに習い私から手を離すとまた誰かが手を握ってきた。


 


「私も、頼みます」


 


 バルテレミー様がなんだかいつもと違う表情で炎龍に触れようとしていた。いつもならワクワクが止まらないって感じだったのに、今日は妙に真剣で何か意を決しようとする感じがする。


 何かあったのかしら?


 バルテレミー様がルーチェに触れるといつもの様にチリっと音がし、そのままじっと何かを考える様な顔で動かない。


 


「バルテレミー様、早くしてください」


 


 領主一族を急き立てる伯爵ってどうなの?


 イライジャ様の声には返事を返さずバルテレミー様がルーチェから手を離すとマティウスの元へ向った。


 イライジャ様が私の手を握らずに恐る恐るルーチェへ手を伸ばす。


 麻酔無しで触りたいの?そんなの私でもしないのに。


 一瞬ルーチェは私をチラッと見た。


 少し我慢してあげて、これでもアリーチェを護る約束を取り付けているし、それが可能な希少人物だから。


 そう伝えるとフンっと鼻息で仕方ないなぁと意志を示し大人しくイライジャ様に触れさせた。


 恍惚とした表情でくるくると鱗を撫で回すイライジャ様がもう片方の手をルーチェへ向けて伸ばそうとしたとき、ブルっと黒光りする鱗を波打たせ龍は拒否を示した。


 


「くっ!今回はここまでですか……」


 


 悔しそうな顔をしたが自分のただれた手のひらを見つめると途端に蕩けそうな表情を浮かべた。


 やっぱりキモい。


 


 みんなの(イライジャ様以外)手に癒やしをかけ終わり、マティウスが私の顔を覗き込んだ。


 


「もう……行きましょう」


 


 ルーチェに別れを告げて、狭い通路を下っていく。アリーチェはリアムとコソコソ話してはクスッと笑っている。


 イライジャ様は前回同様うっとりと自分の手を見つめ、バルテレミー様は……まだ様子が変だ。


 


「マティウス、バルテレミー様が何か言ってなかった?」


 


 さっき手を治しに行ったときにマティウスと言葉をかわしていた。


 


「えっ?あぁ、そうだな、急いで帰らなければなと……」


 


 何だかマティウスまで何かに気を取られているように見える。


 炎龍達の事で体調を崩している私のせいで彼も睡眠不足だろうから疲れが出ているのだろう。


 カルデラから出ると既に荷物が片付けられ出発の準備が整えられていた。そして私の軟弱な足を考慮した速度で森の中を進んで行った。


 




 時折振り返ってビジカンブールを見上げたがそこにもうフィアンマはいない。空虚な気持ちに鼻の奥がツンとすると子供達の笑う声が聞こえそちらへ視線を向けると心が凪いでくる。隣に居てくれるマティウスと目を合わせほんのりと胸の奥が暖かくなる。


 傷ついた心の痛みが消えるわけでは無いけれど、家族が与えてくれるひと時の安らぎをよすがに時が過ぎるのを待ってみよう。


 寄り添ってくれるマティウスの手を握って笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る