第11話 終焉1

 それでも何とかしてエリクサーを取りに行こうとするマティウスを引き止めていた。


 


「フェアリーネ、少しの間待っていてくれればいいのだ。直ぐに戻る」


 


「嫌よ、マティウス。ソーレに何かあったら……その時に貴方が傍にいてくれなかったら私は耐えられないわ」


 


 彼の手を握り行かないでと懇願する。


 


「フェアリーネ、ソーレの為なのだぞ」


 


 マティウスが必死に私を説得しようとしてくる。だけどきっとソーレは今夜にも力尽きるだろう。


 


 皆が暗い雰囲気の中、食事を取り間もなくむかえる夜の準備を進めていた。ここならまだ安全だろうとテントを張り子供達を休ませるために私は一度マティウスから離れ双子と一緒にテントの中へ入って行った。


 三人で横になりテントの天井を見つめる。まだ眠るのには早いが疲れ切っている二人は大きくあくびをした。


 


「母さま、ソーレは死んでしまうの?」


 


 リアムが私に静かに聞いてくる。


 


「そんな事を母さま聞いては駄目よ、リアムの馬鹿」


 


 アリーチェが隣にいるリアムを肘で押したようだ。


 


「痛いよ、だって心配なんだ。炎龍に何かあったら母さまが悲しむから。だから父さまもあんなに必死にエリクサーを取りに行こうとしているんだろう?」


 


 マティウスは私を悲しませまいとしてくれている……


 


「そんなの当たり前じゃない。父さまは母さまに甘いんだから。でも炎龍の為に父さまに行ってもらわないの?」


 


「えぇ……そうね。急いで森を一人で抜けるのはとっても危険だってイライジャ様も言っていたでしょう?父さまが危ない目にあうのは嫌だもの」


 


 私が二人の頭を撫でるとそれぞれ安心したような顔をした。


 


「母さまはやっぱり父さまと私達が一番大切なんだね」


 


 リアムの言葉に黙って頷いたが、アリーチェが複雑そうな顔をしている。リアムと違いアリーチェはルーチェと同調しているからその心情を感じ取り割り切って考えられないのだろう。


 


「アリーチェ、大丈夫よ。家族を大切に思う気持ちと、炎龍を大切に思う気持ちは一緒に持っていてもいいの。どちらも一番大切と思っても間違いじゃない。誰かを大切に思う気持ちは心を分けるんじゃなくて増やしていくもの、愛する人が増えれば大きく広くなる、そうやって心を成長させていくのよ」


 


 二人は私の話に耳を傾け真剣な顔をしている。うまく話せたかわからないが誰かを愛する気持ちが大切だということが伝われば良いと思った。


 


 テントから出ると少し離れた所でマティウスとリッカルドが言い争っているのが見えた。


 


「兄上、正気じゃない!フェアリーネだって行くなと言っていたではないか!」


 


「私に無理させまいと思っているだけで本心はソーレを助けて欲しいに決まっているではないか!」


 


 恐らくこっそり抜け出そうとして見つかったのだろう。バルテレミー様とイライジャ様も呆れた様子で見ている。


 


 私がテントから出てきた事に気づいたマティウスが気まずそうに視線をそらした。


 


「マティウス、お願いがあるの」


 


 そう言うとパッと顔をこちらへ向けた。


 


「あぁ、わかっている、今からでも間に合う。直ぐに出れば……」


 


 マティウスは私に近寄り抱きしめるとエリクサーを取りに行こうと踵を返そうとする。


 


「一緒に、フィアンマの所へ行って欲しいの」


 


 そう告げると一瞬、悲痛な瞳をした。


 


「なぜ簡単に諦めるのだ。君らしくない、私の事なら心配するな。必ず無事に戻って来るから、君の望みはなんだって……」


 


 私は静かに首をふる。


 


「いいえ、私の望みはここに一緒に留まってくれる事よ。行きましょう……」


 


 マティウスの手を引きゆっくりと狭い坂を上っていく。マティウスはもう何も話さず私について来てくれた。


 


 火口へ下りるとフィアンマ達がいる巣へ向かう。


 陰ってきた空はくれないに金を混ぜたような強力な色彩を放ち、悲しいほどの美しさを魅せつけている。


 照らされた炎龍の影はまるで一つに溶け合うように重なり、つがいという名の宿命で結ばれた彼らをまた次の世界へ連れて行こうとしているように見える。


 


 炎龍の番は生涯共に生き、そして片方が死ぬともう片方も長くないという。


 


 私達は何も話さずにフィアンマとソーレが待つ巣の中へ入って行った。


 私達に気づいたフィアンマが寄り添うソーレに優しく何か告げたようだ。目を閉じていたソーレは苦しげに薄っすら目を開けて私を見た。


 


「ソーレ、ずっとここにいるわ……大丈夫よ、マティウスがいてくれるから」


 


 そう言うと安心したように目を閉じた。


 


 フィアンマは羽根を広げソーレを包み込むように囲い抱きしめている。私とマティウスは手を繋いで巣の縁にもたれて座り黙ってその時を迎えようとしていた。


 炎龍の巣の中はフィアンマの魔力なのかほんのりと温かい。きっとソーレの為にフィアンマがそうしているのだろう。


 


「マティウス、見て……」


 


 いつの間にか見上げたそこに、大海を行く船のように上弦の月が輝いていて、それを追うように星が流れていく。


 私の言葉にマティウスも黙って夜空を見上げお互いに寄り添うように体を預け合う。心の中は悲しさで溢れているのに夜空はこんなにも美しい。


 


「寒くないか?」


 


 マティウスが私を引き寄せ子供を抱えるようにあぐらをかいた膝の間に座らせて後ろから抱きしめてくれた。


 


「ありがとう、大丈夫」


 


 お腹に回された腕に自分の腕を重ねると、彼が私の髪に顔を埋め静かに息を吸い込んでいる。


 


 


 私達もフィアンマ達も静かに夜を越え、明け方、プツッと糸が切れたような感覚がしフィアンマが首を持ち上げた。


 


「ソーレ……」


 


 私の呟きにマティウスが顔をあげ、二人でゆっくりと立ち上がった。


 フィアンマがソーレを包み込んでいた羽根を静かにたたみ、傍に座り直した。


 こと切れたソーレの体は真っ白になっていた。


 生前の黒々とした艶のあった鱗からは想像も出来ないほど乾いて反り返った鱗。近づきそっと触れるとハラハラと舞い落ち地面につく前にふわりと消えた。


 


「ソーレ、とっても強い娘だった。良く……頑張ったわ、ね?マティウス」


 


「あぁ」


 


 フィアンマを見上げると静かな彼の瞳が私を見下ろしていた。


 


「フィアンマ、私はここにいるわ。あなたが落ち着くまで傍にいるから」


 


 近づき彼の体に触れる。フィアンマの気持ちが私に静かに伝わる。


 何を……なんですって?


 突然フィアンマはその雄大な羽根を広げた。マティウスが私を抱えると急いで巣から飛び出した。


 いつの間にか空は白み、遠くカルデラの端にイライジャ様とバルテレミー様が子供達を連れてきていた。


「「母さま!父さま!」」


 


「来るな!」


 


 マティウスが叫び急いで巣から離れようと走って行く。すると背後でフィアンマが飛び上がったのがわかった。


 


「フィアンマ!!」


 


 マティウスに手を引かれ走りながらも振り向いた。


 フィアンマは巣の上空を旋回すると大きく慟哭した。ビリビリと空気を震わせ、伝わって来るその悲しみが全身に染み込んでいくようだった。


 


「マティウス、離して!フィアンマの傍に居てあげなきゃ!」


 


 こんなに苦しいのに、あんなに悲しんでいるのに。


 


「フェアリーネ、今は駄目だ!」


 


 カルデラの端にいるみんなの元にたどりついたのと同時に、フィアンマが慟哭と共に凄まじい炎を吐いた。


 離れていても肌が焼けるように感じる炎はソーレの体を包み込み燃え上がる。


 


「そんな……」


 


 足に力が入らず座り込むと子供達が私を抱きしめてくれる。それを包むようにマティウスが抱きしめ、ゆらりと氷の魔術で皆を囲んだ。


 


「恐ろしい威力だね、番を弔う悲しみの深さか……」


 


 イライジャ様がポツリと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る