第10話 再会

 目の前には記憶にあるのと寸分違わぬ広大なカルデラが広がっていた。その中央辺りに黒い鱗を光に反射させて首を持ち上げ漆黒の眼差しを私に向ける炎龍がいた。


 


「フィアンマ……」


 


 不安と悲しみに胸を貫かれ膝の力が抜けていく。隣のマティウスに支えられて何とか立っていたようだが私の視線はフィアンマの傍らに体を横たえているソーレに移されていた。


 


「そんな……ソーレ!!」


 


 マティウスの手を振り切りすり鉢状のカルデラの中腹辺りから火口の下へ向かって滑り落ちるように駆け出す。


 


「フェアリーネ!!」


 


 マティウスの叫ぶ声も遠くに聞こえ、まるで夢の中に入り込んだように現実味が無い。


 そんなはず無い、炎龍は人より寿命が長いはず。私が産まれた時からフィアンマとソーレは存在し、私が死んだ後も存在しているはずだ。


 下り坂の途中で思うように進まない足を絡ませ転びかけた私をマティウスが抱き止め何も言わずにそのまま抱えてフィアンマの巣へ連れて行ってくれる。


 


「お前達はそこで待っていろ!!」


 


 マティウスは後ろから付いてきていた双子とイライジャ様、バルテレミー様に崖を下りきった所で待つように言い放ち私と二人だけでフィアンマとソーレの元へ急ぐ。


 


「フェアリーネ、気をしっかりと持て」


 


 息を切らしながら走るマティウスが出来るだけ冷静に私に話す。私は頷き自分を落ち着かせるように何度も呟く。


 大丈夫、大丈夫、落ちつかなきゃ駄目よ。


 遠くカルデラの向こうの端にルーチェとその番の姿が見える。あの子達も何かを感じている事はアリーチェの様子を見ても確かだ。


 


 こんもりと盛り上がった土で囲まれたフィアンマ達の巣にたどり着き、そこからは自分の足で巣の中へ入って行った。


 


「あぁ……どうしてこんな事に」


 


 巣の中に座しているフィアンマが近づく私に首を近付けてくる。黒い瞳には悲しみが湛えられているように見え胸を締め付けられる。


 


「フィアンマ、遅くなってごめんなさい」


 


 瞳の近くへ手を添え彼を抱きしめ顔を擦り寄せた。


 いつものチリっとした感触に涙が出そうになる。暫くフィアンマを抱きしめていたがマティウスが何も言わず私に癒やしをかけ続け手も顔もただれていない。


 私はフィアンマから離れると、傍に横たわるソーレの元へ近づいた。


 彼女の体の黒い鱗は艶が無く所々剥がれ落ちていてひと目で尋常な状態で無いことがわかる。


 


「ソーレ、私よ。わかる?」


 


 閉じた瞳が呼びかけに応えるようにゆっくりと開かれた。


 


「あぁ……ソーレ……」


 


 漆黒の瞳は膜を張ったように白く澱み光を失っている。それでも私に気づいたのかほんのり笑ったように見えた。


 堪らずソーレも抱きしめると涙が溢れてしまう。


 


「ソーレは病気なのか?」


 


 マティウスが私に癒やしをかけながらフィアンマに尋ねているようだった。私に癒やしをかけながら、その力を少しソーレへ流していく。


 


「やはり無理か」


 


 炎龍はあらゆる魔術を受け付けない。攻撃も癒やしも。


 マティウスは腰に下げていたポーションを取り出しソーレに与えようとした。するとフィアンマがそれを遮るように身動ぎする。


 


「拒否するというのか、何故だ?」


 


 私はソーレから離れマティウスに向き直る。


 


「わからないけどフィアンマが嫌がっているから今は止めておきましょう」


 


 意図はわからないが悲しみに暮れているフィアンマの思うようにしてあげたい私は一旦この場を離れることにした。


 また直ぐに来るわね。


 


 


 巣から離れゆっくりと歩きながら子供達とバルテレミー様とイライジャ様が待っている所へ向かった。


 


「雌の炎龍は弱っているようだね」


 


 離れているとはいえ様子を窺っていたのかイライジャ様が私達を見るなり言った。


 


「えぇ、とにかく一旦外へ行きましょう」


 


 火口へ色々な人が居てはフィアンマ達が落ち着かないだろう。


 


「母さま大丈夫?」


 


 双子達が私を心配して駆け寄ってきた。


 


「えぇ、少し疲れたから休みたいわ」


 


 二人を抱きしめたあとアリーチェの顔をじっと見た。


 


「私は平気、リアムがずっと手を握ってくれていたから」


 


 リアムはアリーチェの肩を抱きこっくりと頷く。


 


「流石お兄さまね、ありがとう、リアム」


 


 息子の頭を撫でているとふと視線を感じた。


 


「バルテレミー様、申し訳ありませんでした。取乱してしまって」


 


 フィアンマの悲しみが伝わっていたものの、状況がわからず動揺していた私だったが炎龍達を抱きしめた後は自然と冷静になっていた。


 


「いいえ、私こそなんの力にもなれず……」


 


 そう言って双子の背中を見つめている。きっと幼い二人を支えてくださるつもりだったのだろう。だけど双子は予想と違いお互いで支え合って今を乗り越えようとしている。親戚のお兄さん気分で見てきたバルテレミー様が二人を心配してくれていたことが十分伝わり嬉しい気持ちになる。


 


「居てくださるだけで十分ですわ」


 


 イライジャ様では子供の相手は頼りないからね。


 


 


 


 火口から出ると通路の直ぐ前でリッカルド達が野営の準備をしてくれていた。


 焚き火にあたりながら見てきた状況をイライジャ様に説明する。彼は変人だが私がドラゴンベインだとわかった時からこれまでずっと炎龍について調べ尽くし今ではかなりの知識を持っている。


 


「恐らく寿命だろうね、炎龍が病気とは聞いたことがない」


 


「そんな、炎龍は人より長く生きれるはずよ!」


 


 思わず語気を荒らげてしまいマティウスに抑えられる。


 


「前に雌の炎龍の鱗を手に入れただろう?その時に伝えられていた方法で年齢を予測していたんだ。それによればあの二体はそろそろ寿命を迎える」


 


 つぅーっと涙が頬を伝った。


 


「そんなはず無い。フィアンマはまだ元気だし、ソーレだってきっと養生すれば良くなるわ」


 


 言葉に出しながらも頭の何処かで違うと何かが告げてくる。


 


「ポーションは嫌がったけど、それはきっとポーションは傷には効くけど病気にはあまり効かないとわかっているからよ」


 


 違う、そうじゃない。


 


「だから薬湯を用意してあげれば元気になるわ。炎龍は簡単には死なないもの」


 


 きっと無理なんだ。


 


「エリクサーなら効くかも、直ぐに取りに行けば間に合うわ。スラットリーになら置いてあるからそれを持ってくれば……」


 


「フェアリーネ」


 


 マティウスが私を抱きしめた。彼にしがみつき声を殺して涙を流す。


 わかっている、何をやっても無駄ということを。だからこそフィアンマはソーレの傍を離れられないのだ。


 イライジャ様が冷静な声で私に告げてくる。


 


「少し落ち着きなさい、君の状態を見てもかなり炎龍が悪いのだろう。それに今からエリクサーを取りに行っても恐らく間に合わんだろう」


 


 わかってる、でも何かしてあげたい。このままじっと死を待つだけなんて耐えられない。


 


「待っていろ、私が行ってくる」


 


 マティウスの言葉に驚き顔をあげた。


 


「急げば四日、いや、三日で戻れるだろう。あと三日ならソーレも待てるはずだ」


 


 すくっと立ち上がり支度を始める。


 


「止めなさいマティウス。間に合わないだろうし、そんなに急いで森を抜けるのは危険だ。まだグリフォンがいるかも知れんのだぞ」


 


 イライジャ様も立ち上がりマティウスを止める。


 


「私が一人で行くのだから問題無い」


 


「マティウス、私も反対です。もしここにグリフォンが数体で現れたら子供達やフェアリーネが危険な目にあうのですよ!」


 


 ずっと黙っていたバルテレミー様が声をあげた。


 


「私では助けにならない……」


 


 顔を歪ませ自分の非力さに悔しさを滲ませている。


 


「父さま行かないで!」


 


 リアムとアリーチェも父親を引き止めようと手を握った。マティウスは一瞬躊躇して子供達に視線を合わすようにしゃがんだ。


 


「心配するな、ここならば何かあればフィアンマがフェアリーネを護るだろうから大丈夫だ。そもそも炎龍の巣の側に奴らが近づいてくるとも思えん」


 


 何がなんでもエリクサーを取りに行こうとしているように見える。


 


「マティウス、駄目よ。今フィアンマはソーレの傍から離れられないわ。それに」


 


 私はため息と共に彼の腕を掴んで引き止めた。


 


「私の傍にいて欲しいの」

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