第9話 どうしてこんなことに

  混乱の中、兎に角安全に休める場所まで移動し大幅に予定を変更した場所で野営の準備をした。


 


「で?どうしてイライジャ様がいるのですか?」


 


 焚き火を囲いマティウスに支えられながら座っていた。


 さっきはやはりグリフォンに襲われていて、しかも二体いてマティウスとイライジャ様がそれぞれ倒していたのだ。


 


「随分具合が悪いのだね」


 


 相変わらずとぼけた人だ。


 


「私のことは後で良いです。どうして子供達をここへ連れて来たのですか!」


 


 大きな声を出すとズキズキと頭が痛む。目を閉じてこめかみを押さえていると側にいたリアムが泣きそうな声を出す。


 


「母さま、ごめんなさい」


 


 頭が痛すぎて返事も出来ない私はマティウスに寄りかかった。


 


「ちゃんと説明しなさい」


 


 マティウスが代わりに尋ねてくれ、リアムがビクッとすると居住まいを正し説明を始めた。


 


「はっ、はい!実は……」


 


 私達が農村を出発して暫く経った頃、起床した二人はマーゴットから話を聞き激怒した。散々マーゴットに文句をいい倒したがどうすることもできずに不貞腐れていたところに運悪く・・・イライジャ様が私の滞在を聞き付け農村にやって来たそうだ。


 


 イライジャ様は特殊な魔術に執着を持つ変人だが、炎龍と同調してしまうドラゴンベインという厄介な血を受け継ぐ私達を保護してくれる存在でもある。そんな彼とはこれまでいい関係を保っていたのだがここに来て少し変化が起きていた。


 彼とは魔術契約を結んでいた。


 秘密の血統の事を他言しない代わりに彼の子と私達の子の間で婚姻を優先的に進めるというものだが、先ずイライジャ様の子は今のところ男児が三人。必然的にアリーチェが標的……いや、お相手となるはずがアリーチェばかりかイライジャの三人の息子達も婚姻に前向きでない。まぁまだお互いに子供同士ではあるが、私は本人達が望めばという注釈をつけていたので政略結婚ゴリ押しは絶対にさせない。と言うわけで今の標的はリアムに変更されつつあるがこれが不思議とあちらに女児が産まれない。


 イライジャ様の配偶者であるマリオンは私の仔猫ちゃん派閥だが政略結婚のわりに夫婦仲は良く、愛人を持つ気は無いようで今は四人目を妊娠中。だけど最近は子供世代での婚姻を諦めるような雰囲気もありひと安心と思っていたが私や炎龍に対する執着は無くならない。


 


「私がフェアリーネを追ってビジカンブールへ向かおうとすると一緒に連れて行ってくれとせがまれてね。未来の義父としてはここで点数を稼いでおこうと思ったわけです」


 


 悪びれもせずイライジャ様が口を出す。まだ何も決まっていなのに義父だなんて、やっぱりまだあきらめていないのか。


 


「申し訳ありません、フェアリーネ様、マティウス様」


 


 なんとか説得を試みたマーゴットだったが上位貴族で魔術部長に抵抗出来るわけもなくせめて一緒に付いて来たということらしい。


 


「マーゴットは悪く無い!双子を護衛するためにちゃんとついて来たのだからむしろ褒めるべきだろう!」


 


 マーゴットに寄り添うリッカルドの魂胆が見え見えだが喧嘩されるよりいいし、これ以上この二人に深く関わりたくない。


 


「マーゴットを叱ったりしないわ。だけど貴方達は少し反省すべきじゃない?もう少しで危なかったのだから」


 


 少し治まってきた頭痛に耐えながらリアムとアリーチェ向き直ると厳しい視線を向けた。


 


「母さま、違うんだ。ホントはあの夜アリーチェがベッドに入ってからおかしかったんだ」


 


「兄さま、余計な事言わなくていい!」


 


 リアムが隣に座っているアリーチェを庇うように肩を引き寄せアリーチェが顔をそらした。まるで私を庇うマティウスのようだが、だけどおかしいってどういう……まさか!


 


「アリーチェ!あなたルーチェと……」


 


 言いかけて口をつぐんだ。ここには話を知らないネイトがいる。マーゴットにはリッカルドと婚姻を結んだ際に他言無用の契約魔術を使い話してある。振り返ってネイト見ると頷き見回りに行ってくると離れていった。気が利く優秀な奴だよ。


 


 夕暮れが迫り気温が下がってきた森の中で親子で向き合い手を取りあう。


 


「アリーチェ、正直に話して。何があなたに起きているの?」


 


 小さな眉間にしわを寄せアリーチェが躊躇いがちに口を開いた。


 


「最初は何とも無かったの。母さまが急に炎龍に会いに行くって言ったときも何も無かったわ。だけど、母さまの具合が悪くなっていったら少しここがドキドキしたの」


 アリーチェは小さな手を胸にあてぎゅっと握りしめた。


 


「怖いような、苦しいような気持ちがする気がして」


 


「僕は父さまに直ぐに話した方が良いって言ったんだ」


 


「そんなに大袈裟にしたくなかったの。母さまの方が大変だったから」


 


 私の不調にばかり気を取られアリーチェの事を気付いてやれなかった。恐らくアリーチェはルーチェの影響を受けているのだろう。フィアンマ程で無いにしてもルーチェも不安を感じてそれがアリーチェに伝わっている。


 


「そうだったの、もうすぐ炎龍達に会えるからそこで原因がわかるはずよ。それまで我慢出来る?」


 


「私は平気、母さまこそ大丈夫?」


 


 私は二人を抱き寄せる。


 


「あなた達が来てくれたから大丈夫よ」


 


 この子達と一緒にいると本当に気持ちが安らぐ。別にマティウスが駄目なわけじゃ無いけど子供は別口だよね。


 明日はいよいよ火口へ向かう。


 


 


 


 


 子供達は私よりもずっと元気にデコボコとした道を歩いていた。そりゃ先に出た私達に追いつくはずだよ。


 アリーチェは時折ふと立ち止まってひと呼吸ついてまた黙って歩き出す。きっとルーチェの何かを感じているのだろうが私には何も言ってこない。


 その様子をバルテレミー様がアリーチェの近くにいて気にかけてくれていた。いつものあの娘なら小躍りして喜びそうだが結構落ち着いた態度で接している。


 


 アリーチェが私に似ている事はその姿からして否定出来ない。ブルーラート領地でルーチェと同調しているとわかった時から気にはなっていたが、この先の事を考えると不安になる。私にマティウスがいるようにアリーチェにも誰か支えてくれる人が現れるのだろうか?


 


 ビジカンブールに到着し火口へ入って行く為の崖にある細い通路の前まで来た。


 ネイトとマーゴット、リッカルドはここで待機し、残る私達家族とバルテレミー様、イライジャ様だけが通路の坂道を上がって行く。


 


「懐かしいですね、いよいよ炎龍フィアンマと三度目の邂逅ですか」


 


 恍惚としているイライジャ様がちょっと気持ち悪いと思っているのは私だけではない。双子がかなり引いてるよ。


 


「炎龍がこんな所に生息しているなんて知らなかったよ。ねぇ、アリーチェ?」


 


 狭い通路に縦一列に並んで進む中、バルテレミー様は薄暗い坂道を上りながら前を行くアリーチェに話しかけているがあの娘の返事は黙ってこっくりと頷くだけだ。


 私も今は何も話す気になれない。この坂を上り始めた時からこれまでと比べようが無いくらいの息苦しさを感じる。いよいよあの子と久し振りの対面だ。


 フィアンマ、今行くからね。

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