第8話 まさかの事態

 何度か魔物に遭遇し、少し緊迫するものの大事には至らなかった。バルテレミー様は自分が魔物を倒さなければいけない状況になるのだと思い訓練していたようだがこれだけの面子で早々領主一族の手を煩わせる事は起きない。


 


「やっぱりマティウスは凄いですね」


 


 模擬戦や人々の噂を聞いてマティウスの実力はわかっていたようだが、あっさりとノールックで魔物を倒したときの格好良さを見たときには思わず二人で拍手喝采だった。


 私の旦那様なんですよ、あの人。凄いでしょう?んふっ。


 しかし何より私を悩ますのはやっぱりデコボコした地面と弱々しい足だ。何とか予定の野営地に到着したときは恒例の水ぶくれまみれの足をマティウスに治してもらっていた。


 今は夫婦だから遠慮なく足を見てもらっていいけど、他の人には見せられないから木の陰に隠れて治療中。


 


「何だか少し懐かしいわね」


 


 初めてマティウスに足を見て、じゃなくて診てもらった時はその意味も分からずただ大好きな癒やしの光を眺めていた。


 


「隣で父親に監視されながらの足の治療は変な感じがしたがな」


 


 ここでの女性の診察は女性がするという古い慣習は未だに残っているけど、私達の師匠であるカイリンはそんな事を気にしないタイプだったのでマティウスもそうなのかと思っていたが、やっぱり昔からの考えは少し体に根付いているようだ。そういうのって何代か過ぎないと抜けないよね。


 


「他の女性の足も見た事、あるんだよね?」


 


 ふと疑問に思い口に出てしまった。マティウスは私に新しい靴下をはかせてくれていた手を一瞬ビクリとさせた。


 


「あるんだ」


 


ことはある、だからな」


 


 ふぅ〜ん、ここは責めちゃいけないところだよね〜


 


「兄上、食事が出来たぞ」


 


 空気が張りつめたところに不調のリッカルドがやって来た。人目を避けてここに居るのにわざわざ来てしまうところが奴のうっかりしている駄目なところだよ。既に靴下をはいているから良かったけど。


 


「チッ、リッカルド!向こうで待っていろ、すぐ行く」


 


 私の足を見られかけて機嫌が悪くなったが、張りつめた空気から抜けられてちょっとホッとしているのがわかるよ、マティウス。


 


「あぁ、足の治療か。水ぶくれが酷いよな」


 


「…………っ!?」


 


 捨てゼリフのように爆弾発言をして去っていくリッカルド。前に奴が予定外に森に付いてきてしまった時にこの世界の習慣を知らず、うっかり足の手当を手伝ってもらった事があった。


 その時のことはマティウスに話して無かったのに!!


 どうしてくれるんだこのマティウスの恐ろしい形相を!!話せないよう結んだ契約魔術の効力ってどうなってるんだ?匂わすことが出来るなんて聞いてないよ!


 


 必死に言い訳をし全く納得していないマティウスを連れて皆が集まる所へ戻って来た。


 叱られた腹いせをしてやりたい気持ちを抑えきれない私は呑気に焚き火にあたっている奴を睨みつけたが全くの上の空だ。リッカルドがこんな状態になってしまった一因は私にもあると思うと更にムカつく。もうこの夫婦には絶対に絡みたくない!


 


 ちょっとイライラしながらも食事を済ませ皆で焚き火を囲って横になった。森の中ではいつどんな風に魔物に遭遇するかわからず、素早く行動するためにテントは使わない。私とマティウスは勿論並んで横になっていたが私の隣にバルテレミー様がいた。


 連日の強行に疲れが見えるが泣き言は一切言わない。流石、男の子!


 


「そう言えばバルテレミー様、ブルーラート領から農村へ向かう馬車の中ではアリーチェを気にかけてくださっていたと聞きました。ありがとうございました。私はアリーチェがバルテレミー様にしつこく絡んで大変だったんじゃないかと思っていたのですが違ったようですね」


 


 ちゃんとお詫びをしてなかったので遅ればせながら謝罪した。バルテレミー様はにっこり笑い首を振る。


 


「いえ、あの子達が母親を恋しがって塞ぎ込んでいたのは確かでしたが私がフェアリーネに話そうかと言うと駄目だと言われてしまっていたのです。あの子達なりにお二方を気遣っているのだとわかり感心しましたよ。二人も随分大きくなりましたね」


 


 産まれたときから定期的に顔を合わせていたバルテレミー様からすれば親戚の子くらいの感覚なんだろう。だけどアリーチェは一度やらかしている。あの時もバルテレミー様はそれほど何も言わなかったけどアリーチェには全く興味はないんだろうか?9歳下のあの子に今興味を持たれても困るけど。


 


 明日に備えて直ぐに眠りについたが、やはり深夜に目を覚ますとマティウスに抱えられていた。またうなされていたのだ。


 


「ごめんなさい……」


 


 私も酷いだろうがマティウスの顔色も悪い。こんな状態じゃマティウスはほとんど眠れ無いだろう。


 


「大丈夫だ、さぁ水を飲んでまた少し眠れ」


 


 彼にしがみついたまま言われた通り目を閉じた。明日には何とかフィアンマがいる火口に到着するはずだ。


 もう少し、頑張らなくちゃ……


 


 


 


 早朝から私の要望で少しペースをあげて進む。今日中にはたどり着きたいので必死に足を動かしていた。


 もうすぐ、フィアンマに会える。


 そう思うと少しの嬉しさと不安が込み上げる。複雑な気持ちで進んでいると隣についてくれているマティウスがふと私のいる方向の遠くを見るように視線を向けた。


 


「魔物?」


 


 振り返ると同時にドォーンと木が薙ぎ倒される音が聞こえ土煙が上がった。


 


「フェアリーネ!バルテレミー様!」


 


 私を背に庇いマティウスがバルテレミー様を呼び寄せながら前に立つ。


 


「行けリッカルド!」


 


 マティウスの指示と同時に爆発があった方へ向かうリッカルド。私達は山の方へ急いだが視線はチラチラと横へ向けていた。木が薙ぎ倒される音は段々と近づいて来るようでマティウスがゆらりと魔力を練り上げ迎撃に備えだす。


 


「キャー!父さま助けてー!!」


 


 まさかのアリーチェの悲鳴にマティウスが凄い勢いで飛び出して行った。迫る土煙にバルテレミー様と手を繋ぎはぐれないように気をつけているとネイトが危険を避けられそうな場所へ私達を誘導してくれる。


 なんとか巻き込まれまいと必死に逃げていたが、魔物がいるであろう方に突如現れた巨大な氷塊が何かにぶち当たりバラバラに砕けた。


 マティウスの氷の魔術攻撃であることは確かだが何が起こっているのかわからない。この森でこれまでそれほど危険な魔物には出くわした事が無かった。


 


「ネイト!何かわかる?」


 


 彼はそもそもこの辺りの地元の人間だからここに生息している魔物にも詳しいだろう。


 


「ここは昔から炎龍がビジカンブールにいましたから、それほど大きな魔物はいなかったのですが最近ではグリフォンの目撃情報が……」


 


 そこまで話を聞いていたとき今度は巨大な火炎竜巻が起こり何か魔物の不気味な断末魔と共に消えた。


 戦闘による衝撃で飛び散った木々や小石などがパラパラと降る中、氷と火の魔術を使ったせいか水蒸気が立ち込め視界が悪い。


 


「フェアリーネっ!大丈夫か!どこに居る!?」


 


 マティウスが焦った声で私を呼んだ。


 


「ここよマティウス!」


 


 呼びかけると靄の中から人影が出てきてその姿に驚いたのなんの。


 


「どうしてここにいるの!?」


 


 マティウスは両脇に双子を荷物のように抱えていた。


 


「「母さま!」」


「母さまじゃない!どうやってここまで来たの!?」


 


 マティウスに抱えられたままでジタバタしている双子を見ていると、晴れてきた靄の中からもう一人見知った人が現れた。


 


「やぁ、フェアリーネ。酷いじゃないか、私に黙ってフィアンマに会いに来るなんて」


 


 ついさっき火炎竜巻をぶっ放したとは思えないほど悠然とした足取りの魔術部長イライジャ・ドレイパー伯爵が現れた。


 


「イライジャ様、どうしてここに!?それにこの子達を連れてきたのは貴方ですか?」


 


 驚きと疑問を言い終わらないうちにイライジャの後ろからリッカルドと共にマーゴットがやって来た。


 


「マティウス様、フェアリーネ様、良かった……合流出来て」


 


 今にも泣き出しそうなマーゴット。


 


「マーゴット!どうしてここに!?それにこの子達まで……あぁ……何てこと……」


 


 状況を処理しきれず目眩がしてふらついた。


 


「フェアリーネ!」


 


「「母さま!!」」


 


 マティウスが双子を解放すると私に駆け寄った。

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