第7話 強行
マティウスは私の体調が回復するまでビジカンブール行を隠していたかったようだがバルテレミー様がその嬉しさを隠しきれなかった節があった。
これまでこんなに自由に領地内をうろつく……いや視察することが無かったせいか、私の不調は心配しているが火山へ、そしてまさかのフィアンマと会えることを楽しんでいるように見える。
まだ明けやらぬ朝靄の中、静かに私達は出発した。
グズグズしていては双子に見つかってしまい絶対について来るとゴネる姿が目に浮かぶ。流石に今回はマティウスも許すはずないと思うが、自分が子供達に直接それを言う事を避けたのは明らかだった。残ったマーゴットが大変気の毒だ。
マティウスはまだ体調が思わしくない私と一緒にスレイプニルのマチルダに相乗りし一路ビジカンブールを目指していた。二人乗りのうえ私を気遣ってかそこまで高速で進んでいるわけではないが、まわりを騎士に囲まれたバルテレミー様が必死の形相で馬を駆けている。
先を行くネイトが馬の様子を見ながらタイミングを計り時々休憩を入れたときは、地面に座り込むバルテレミー様と私の姿をマティウスが心配そうに見ていた。
「もう少し速度を緩めるか?」
「「大丈夫です!」」
声を揃える私達を苦々しく見ながら癒やしをかけてくれる。
「ありがとう、マティウス。少し楽になったよ」
癒やしで体力の回復は出来ても精神的なものは補えない。ヨッコラショという感じで立ち上がるバルテレミー様がグッと伸びをする。
「もう少し行けば今夜の野営地です。そこまで行けば明日の昼には南の森へつきますから」
リッカルドが水筒をバルテレミー様に手渡しながら説明している。普段はだらしないところもあるリッカルドだが流石に騎士団に身を置くだけあってそれほど疲れて無さそうだ。私が二人のやり取りを見ているとリッカルドがこちらを向いた。
「疲れたでしょう、姉上。もうひと踏ん張りですよ」
私が手にしていた水筒を受け取ってくれ片付けてくれる。
「ありがとう、リッカルド。マーゴットは大丈夫かしら?双子を押し付ける形になってしまって申し訳ないわ」
きっと今頃グッタリしてるだろう。
「まぁ、あの二人とは仲が良いいから、なんとかするだろう」
お互いに家族の話が出ると砕けた口調になった。
「貴方もマーゴットと離れるのが嫌だったんじゃない?」
ここに来て仲良くなっていた事を指摘すると少し恥ずかしそうに頭をかく。
「そんな事はないけど、まぁ、上手くいってるよ」
「良かったわ、マーゴットが離縁するって叫んでいたときはどうなる事かと思ったけど」
ブルーラート領地へ行く前の荒れたマーゴットを思い出してそう言うとリッカルドが青ざめた。
「マーゴットがそう言ってたのか?」
「その時は喧嘩していたからでしょう?今は大丈夫じゃない」
「いや、喧嘩らしい喧嘩はしてなかったけど……どうしてだろう?何がバレたんだ?」
おいおい、大丈夫なの?
呆れる私をマティウスが抱えるとまたマチルダに相乗りし出発した。少し集中力が欠けているリッカルドが遅れ気味だったがなんとか予定通りの野営地へ到着し、バルテレミー様が地面にへたり込む中、ネイトとリッカルドが素早く準備を整えた。
火をおこしテントを設置し食事を用意して皆で簡易食のスープを食べる。あまり食欲のない私には返って質素な食事が有り難かった。流し込むように食すと直ぐにテントの中で休むことにした。もう眠い。
フィアンマ!フィアンマ!
遠くで羽ばたくあの子の姿を暗闇の中追い駆けていた。昨夜よりあの子の存在を近くに感じるのは実際に距離が近づいてきているからだろうか?
だけど追いかけても追いかけてもある一定の距離以上は近づけず、フィアンマの状態はわからないままだ。
フィアンマ、待って!!
伸ばした手を掴まれハッとして目を覚ました。
「フェアリーネ、大丈夫だ」
マティウスに抱えられ震えて強ばる体に気がついた。彼の顔を見上げると安心して体の力を抜いた。
「ありがとう……もう平気よ」
そう言うといつの間にか流れていた涙をマティウスが拭ってくれる。これはフィアンマの涙なんだろうか?
眠っている間にうなされる私を一体どれくらい抱きしめてくれていたのだろう。毛布の上にゆっくりと寝かされ顔にかかる髪を指で分けて直してくれる。
「傍にいてね」
「勿論だ」
再び瞼が重くなり今度は夢も見ずに朝まで眠ったようだ。
「では昨夜はあの後眠れたんだね」
バルテレミー様が心配そうに話している声が聞こえた。
「はい、疲れ切っていたようですが大丈夫でした」
返事をするマティウスは一晩中私をみていてくれたのだろうか?
テントの中で一人目を覚まして、外の会話が聞えてしまい自分がいかに不安定な状態なのかという事を自覚する。確かに私は療養が必要な状態だっただろうがここに来て深刻さを増しているのはきっとフィアンマの状態が関係しているに違いない。
起き上がり身支度を整えようとすると直ぐにテントの入口がめくられマティウスが入って来た。私の動く気配を察知したようで、流石優秀な騎士団長。早速額や首筋に触れ顔色を窺い体調を確かめ最後に癒やしをかけてくれる。起きたばかりなのに回復魔術を使われるということはかなりな顔色らしい。
「いけるか?」
「もちろん、ありがとう」
彼に両手を差し出し抱きしめて欲しいとねだる。マティウスは少し驚きながらも優しく抱きしめてくれる。
「素直ないい患者だ、いつもこうだといいんだが」
「いつもこうだと褒めてくれなくなるでしょう?」
彼の体温を感じ深呼吸して気持ちを整える。こうでもしないとビジカンブールまで行く気力が続かない気がする。
テントを出て南の方を見ると快晴の空に遠くビジカンブールが見えていた。後半日程で山の麓に広がる森へ辿りつくだろう。
マティウスがスレイプニルのマチルダを連れに行っている間にリッカルドがやって来ると私に真剣な眼差しで問うてくる。
「姉上、マーゴットは離縁するって言っていたとき何故か理由を言ってましたか?」
人が無事にフィアンマに会えるかを危惧している時にこいつは自分の浮気がバレたかどうかを心配しているようだ。
「さぁ、どうだったかしら」
「意地悪しないで教えてくれ、まさかあの事が……」
「きっとその事ね、だいぶ呆れてたから」
何のことか知らないけれど存分に反省しなさい。
「そんな、あのことがバレてるなら絶対に一生ことあるごとに突っ込まれる!今は機嫌が良いけど、今度こそ捨てられるかも……」
「それが嫌ならマーゴットを大事にすることね」
一体何をやらかしたのやら。
うんうん唸っているリッカルドは置いといて、準備が整ったマティウスと相乗りすると昨日同様、バルテレミー様が付いてこれる限界の速さで再びビジカンブールを目指し出発した。
昼を過ぎる頃、ようやく森へ辿り着いた。まだ木がまばらなあたりに馬を繋ぎ止め休憩をとりつつ、それぞれ自分で背負う荷物を振り分けていた。
私はここではしっかりと歩くことが最大のテーマであるため身軽にさせてもらっているが、バルテレミー様には容赦無く、とまではいかないがそれなりに荷物を持ってもらう。
日頃から最低限の訓練はしていただろうが少し心配だ。バルテレミー様も自分がついていくと言った手前泣き言は言えないと頑張っている。無理し過ぎなきゃいいけど。
秋に差し掛かった森には実りが多く、進むに連れそこかしこに小さな動物や魔物が姿を見せていた。ほとんどの物は好んで人には近づいてこないが、ばったり出くわしたりテリトリー内に足を踏み込めば魔物も警戒し襲いかかってくる。
数頭の魔物が運悪く襲って来たがあっさりと三人の騎士に屠られていた。
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