第6話 火山ビジカンブールへ
うとうとするものの、深い眠りに落ちそうになると燃え上がるフィアンマの姿が思い浮かびハッとする。一緒にベッドにいてくれた子供達はもう大丈夫だからと外へ行かせ今は寝室に一人だ。
暫く横になっていたが眠れそうにないので起き上がり隣の部屋へ向かった。
さっきまではマティウスとバルテレミー様が話をしていたようだが、子供達と共に食事に向かったようだ。朝から私を説得するためにここへ来てくれていたので食べそこねていたようで申し訳ない。
自分でお茶を淹れると一人でソファに座りため息をつく。
このままビジカンブールへ行かない訳にはいかないが、強引に向かえばまた家族やバルテレミー様に心配をかけてしまう。
フィアンマの悲しみを感じてからずっと息苦しさは続いていて、こんな状態で火山ビジカンブールへ行けるかも不安だ。
最初は勢いのままにネイトと二人でも向かおうとしていたが、あのまま決行していれば彼に恐ろしいほど迷惑をかけていただろう。マティウス達が止めてくれて良かった。
でも行かなくちゃ……
女性騎士服を着たままだったので一旦動きやすいワンピースに着替え家を出た。村の中をふらふらと歩きながら空を見上げる。
初めてフィアンマを見たのはマティウスと首都アデミンストへ向かう馬車の中だった。遠く優雅に空を舞う炎龍、吐き出される炎で死にかけたっけ……
思い出に意識を飛ばしていると二人の女性が駆け寄ってきた。
「フェアリーネ様、体調が悪いと聞いておりましたが出歩いて大丈夫なのですか?」
ルーとエマだった。
「心配かけましたね、大した事ないから大丈夫よ。それよりエマ、さっきは気づかなかったけどもしかして……」
少しふっくらしたお腹に手を当てているエマが幸せそうな顔した。
「はい、やっと授かったんです」
ラルクと結婚して数年、子宝に恵まれなかったがここに来て幸せが訪れたようだ。
「農村に来てすぐに授かるなんて驚きですよね」
話を聞いていたのかルーがクスッと笑う。
「環境が変われば出来る時もあるって聞くから、移住して良かったんじゃない」
私の言葉に嬉しそうに頷くエマ。
「それより聞いてくださいよ、フェアリーネ様。エマったら私の事を覚えてないって言うんですよ。酷いと思いませんか?」
ルーの言葉にエマが困ったような顔をする。
「だって、私は炎龍に襲われてから暫くの記憶が無いんだもの仕方が無いでしょう?それにポテトサラダなんてここに来て初めて食べた料理なのに作れるわけないわ。誰かと間違っているんじゃないの?」
エマとしてこの農村に食中毒を解明するために訪れたのは私で、その時話をしてくれたルーにポテトサラダをあげたのも私だから今のエマが覚えて無いのは仕方が無い。
「炎龍は普通の人が見たら恐ろしいものだからね」
ここで炎龍を見ても恐ろしいと思わない私がちょっと変だと自覚してしまう。ちょっとだけよ。
「ほら、フェアリーネ様もこう仰ってるわ。だからもう……フェアリーネ様、大丈夫ですか!?」
話を聞いている途中でグニャリと視界が歪む。ぐるぐると空が回転し次の瞬間目を開くと焦った表情のエマの顔が上から覗き込んでいた。どうやら地面に倒れてしまったらしく遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえる。
ハッキリとしない意識の中、すぐに抱き上げられ運ばれて行く。視界に入った青空にフィアンマが飛んでいるのが見えた気がした。
「フェアリーネ、フェアリーネ、大丈夫か?」
マティウスが呼んでいる声が聞こえるがぼんやりした意識が集中出来ない。手探りで彼を探し握られた手を握り返す。
「マティウス……私、どうなってるの?」
「寝不足と不調が重なったのだろう、薬を飲んで休むんだ」
抱き起こされ青臭い薬湯を鼻先に持って来られて顔が歪む。おかげで意識がハッキリしてきたよ。
「苦いのは嫌よ」
マティウスはホッとしたようにクスッと笑う。
「そんな事を言えるくらいなら大丈夫だな」
そう言って容赦無く私の口にそのドロリとしたスライムのような青緑の液体を流し込む。
「うげぇ〜」
吐き出したい気持ちと薬湯が喉を駆け上がってくる。
「ほらお水よ」
横からアリーチェがグラスの水を渡してくれた。
「ありがとう」
無理やり薬湯を飲み下し続いて水を流し込む。
吐き出さないで良かった。また子供の前で失態を見せるところだった。
「これで口をふいて」
リアムがハンカチを差し出してくれ拭ったところに青緑の汁が残る。
「もう飲みたくない」
そう零すとみんなで笑った。
「母さまはいつも私達に薬湯を残すなって言うじゃない」
「あれはこれほど酷くないわ」
アリーチェにお前も飲んでみろと言わんばかりにハンカチを見せる。
「ホントに酷い色ね」
再びベッドに戻ってしまった私の横にリアムが乗り込む。
「母さまが良くなるまでここに居る」
心配してそう言うリアムをマティウスが抱えてベッドから下ろした。
「駄目だ、フェアリーネは私が見ているからお前達は部屋に戻りなさい」
グズる双子を宥めなんとか部屋から出すと入れ替わるようにバルテレミー様が入って来た。
「フェアリーネ、体調はどうですか?」
「ご心配おかけしました。でも大丈夫です、寝不足だったようで」
それだけじゃない気がするが何とか微笑んで見せた。
「早く治してくださいね、取り敢えず出発は三日後と考えていますが貴方の体調次第ではもう少し先にしなければいけませんからね」
農村に数日のみ滞在する予定だったバルテレミー様がアデミンストへ帰るならマティウスも行かなくてはいけない。その時に私の体調が悪ければ彼は不安に思ってしまうだろう。
「いいえ、大丈夫です。それまでには回復しますから予定通り進めてください」
「わかりました。一応これでも領主一族として訓練を受けていますから自分の身ぐらいは守れるつもりですですが、少しでも訓練してもらえば安心ですからね」
少しワクワクしたような顔でバルテレミー様は部屋から出て行った。
「訓練?」
マティウスに疑問をぶつけると彼は無表情に頷く。
「リッカルドに訓練をつけてもらうそうだ。多少の魔術は使えるがこんな辺境で魔物に出くわす場合に備えておくのだと仰ってな」
まぁ、城ではそこまで突っ込んだ訓練をしてないのかも。バルテレミー様は元々文官志望だしね。普段は研究所に籠もってばかりだし、今後も領主教育が始まると聞いたが、体を動かす機会はあまり無いのかもしれない。
「とにかく後のことは私に任せてゆっくりと休め」
おでこにキスしてくれるマティウスに心配かけまいと微笑んだ。
「大丈夫よ、少し眠るわ」
「側にいるよ」
さっきリアムを追い出した場所に上がると私を優しく抱きしめた。双子を追い出したのはこれが目的か?可愛い旦那様だね。
薬のせいか深く眠った気がする。
うつらうつらしていた昼間と違い、真っ暗な中にいて体がふわふわとしている。夢の中か……そう思った瞬間、遠くでにフィアンマが飛んでいるのが見えた。
フィアンマ!待って!
夢の中であの子を呼ぶが私に気づかないのか一心に飛行する龍が気がつくと地面に降り立っていた。フィアンマの傍らに番つがいの少し小さめの炎龍ソーレが横たわっている。
ソーレ!どうしたの?
私が呼びかけるとフィアンマが上に向かって咆哮した。
「フェアリーネ!大丈夫か!?」
体を激しく揺さぶられ目を覚ました。
「マ、マティウス……うぅっ」
気がつけば抱きかかえられ心配そうに顔を覗き込む彼に縋りついた。涙が止まらず体が震える。
「どうした?どうすればいい!?」
マティウスが動揺している。このままじゃいけない。
「大丈夫よ、大丈夫だから、ちょっと気分が悪くなっただけよ」
無理やり微笑んで見せると彼は苦痛な表情をした。
「まだ君は私に大丈夫だと言うのか……」
これまで大丈夫だという言葉で不調と不満を溜め込んでいた事を持ち出されてしまう。だけど他になんて言えばいいの?
「すぐにバルテレミー様を連れてくるからここから動かないでくれ」
「駄目よ、こんな遅くに」
「いや、さっきまで話をしていたから大丈夫だ。いいな、動くなよ」
マティウスが急いで外へ行くとすぐにバルテレミー様と戻って来た。
「フェアリーネ!大丈夫ですか?」
昼間よりも顔色が悪いらしい私を見てバルテレミー様が驚く。
「フェアリーネはこの様な状態ですので一刻の猶予もありません。明日の早朝にここを立ちましょう。恐らくフィアンマの不調が今より進めばフェアリーネもどうなるかわかりませんから」
「わかりました、では早朝に私とネイト、マティウス、リッカルド、フェアリーネで向かいましょう」
二人だけでわかり合えられても私には何がなんだか。
「行くって何処へ?」
「勿論、火山ビジカンブールへ。フィアンマに会いに行くんですよ」
バルテレミー様が目を輝かせて言った横でマティウスがなんとも言えない顔をしている。いつの間にか決まっていたらしいビジカンブール行に護衛対象が増えてさぞ困っているのだろうが私としては僥倖です。
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