第5話 魅入られた二人

  次の朝、早速私は出発の準備をしているとマティウスがバルテレミー様を連れて来た。


 昨夜の私の状態を説明し、すぐに行かなければならない事も伝えてお詫びをする。


 


「申し訳ありませんけど、私はすぐに出発します。フィアンマに何があったのか確かめなくてはいけませんから」


 


 既に女性騎士服身を身につけ、いつでも出発出来る状態なっている。


 朝からネイトにも相談して護衛を頼んである。


 準備万端!


 マティウスはバルテレミー様の護衛があるから無理だけど出来ればリッカルドあたりを連れていけると助かるのだが、そうなると多分マーゴットまでついて来る。だがそれでは双子の護衛が手薄になるのでいかに警護が厳重な農村でも少し心配だ。


 


「マティウスの言う通りですね。フェアリーネ少し座って下さい、命令です」


 


 説明が足りなかったのかバルテレミー様が少し驚いた顔をすると急に領主一族仕様の顔を作り私に厳しい目を向けてくる。


 は?命令!?


 今迄バルテレミー様からそんな事を言われた事が無かった私は驚いて動きを止めた。そのままマティウスに肩を押されてストンとソファに座らされた。


 


「どうなさったんですか?バルテレミー様」


 


 何かあったのかしら?


 


「どうかしてるのはフェアリーネでしょう。少し落ち着いて考えて下さい。ここには療養するために来ているのですよ、それをいきなり火山へ行くだなんて駄目だとは思わないのですか?」


 


「バルテレミー様こそ何を言ってるんですか!フィアンマが大変なのですよ。行かなければいけないのが分からないんですか?」


 


「わかりませんよ、私は凡人ですからね。分かるようにちゃんと説明してください」


 


 どうしてバルテレミー様が私がフィアンマに会うことを邪魔するんだろう?しかもこんなに大変な時に凡人のふりまでして。


 


「バルテレミー様は凡人ではありませんわ。優秀な人です、御自分でもおわかりでしょう?」


 


「私にわかるのは、貴方の大切な夫であるマティウスと大切な子供であるアリーチェとリアムが困っているということです」


 


 そう言われて私の隣で肩を抱いてくれているマティウスの心配そうな顔に気がついた。私を見つめる彼の後ろで双子が泣きそうな顔をしている。


 あぁ……やってしまったのね、また。フィアンマが心配なあまりまわりが見えていなかった。


 龍が絡むと私は時々暴走してしまう。ガックリと項垂れ自分の失態を悟った。


 


「ごめんなさい……もう、大丈夫です」


 


 直ぐには立ち直れず、頭を抱える私にマティウスが安心したように大きく息を吐く。


 


「落ち着いてくれて良かったよ、昨夜はほとんど眠っていないだろう。少し眠るといい」


 


 まだ心配そうに私を抱き上げベッドへ運ぼうとするので、子供達に驚かせてしまったことを謝ろうと手を伸ばした。


 


「ごめんなさい、リアム、アリーチェ」


 


 二人は私の手を取ると強く握りしめた。


 


「母さま大丈夫?」


「一緒にいてあげる」


 


 マティウスは最初は駄目だと言ったが頑なに私と一緒に居たがる子供達の気持ちを汲んでくれた。


 


 寝室のベッドの中で3人並んで横になった。マティウスはバルテレミー様と話をするのかここには居ない。


 


「母さま、龍に会いたいの?」


 


 リアムがまだ心配そうに聞いてくる。


 


「えぇ、そうね」


 


「ここに呼び出せば良いんじゃないの?」


 


 アリーチェがルーチェを呼び出した事を思い出し提案する。


 


「でも、呼んでも来てくれないの。来れないのかもしれない」


 


「来たくないんじゃなくて?」


 


 リアムが素直な質問をぶつけてくるが、フィアンマの気持ちに私を拒否する感じは無かった。


 


「違うと思う。何か事情があるのかもね」


 


 二人を抱き寄せ髪を撫でているとさっきまでの高ぶった気持ちが落ち着いてきた。


 


「父さまが随分慌てていたわ」


 


 アリーチェが呟く。


 


「どうして父さまの言う事は聞かなくて、バルテレミー様の言う事は聞いたの?」


 


 リアムがさっきの様子を不思議に思ったのか聞いてきた。


 


「ふふっ、そうね。きっと父さまには甘えてしまうのね。だけどバルテレミー様にはそうはいかないから」


 


 マティウスなら絶対に許してくれると思っている自分の甘えが暴露されてしまい、小っ恥ずかしい。


 


「父さまの優しさにつけ込む作戦だったのね」


 


「アリーチェ、何てことを……まぁそういう事かもしれないけど。イケナイ事だわ、反省してる」


 


 こんな所が似てしまってはいけない。注意しとかなきゃ。


 


「母さま、僕達と龍とどっちが大切なの?」


 


 リアムが消え入りそうな声で聞いてくる。


 


「勿論、貴方達が大切に決まってるわ。誰にも負けないくらい貴方達が大好きだもの」


 


 答えを聞いて二人が嬉しそうに笑う。


 不安にさせて申し訳なかったな。


 


「だったら龍は母さまの何?」


 


 炎龍は……フィアンマは、私にとって何物にも代え難い……


 


「友達よ……大切な友達なの。アリーチェだってリアムだって家族以外の大切な人が居るでしょう?」


 


 アリーチェがすぐにバルテレミー様事を思い浮かべたのかこっくりと頷いた。だけどリアムはまだそういう気持ちを誰にも持っていないのか考え込んでいる。


 


「僕は家族が一番大事だよ、母さまやアリーチェを父さまと護っていくって決めてるから」


 


 リアムが私を抱きしめている手をぎゅうっと握りしめる。


 もう、なんて可愛いの!


 


「ありがとう、リアム。でも母さまはリアムにも家族以外の大切な人が出来ればいいと思っているわ。母さまが父さまに出逢ったように」


 


 私は二人をむぎゅ〜っと抱きしめそれぞれにキスの雨を降り注ぐ。


 


「きゃあ、母さま、止めてよ、もう子供じゃないのよ!」


 


 おませなアリーチェが口ではそう言っているが本気で嫌がっているようには見えない。


 


「わははっ!母さま大好き!」


 


 素直なリアムが嬉しそうに声を上げて笑った。


 


 


 


 


 


 


「フェアリーネは大丈夫そうですね、マティウス。少し落ち着いて話をしましょう」


 


 子供達の楽しそうな声が聞こえ思わず腰を浮かしてしまった私にバルテレミー様が笑みながら言う。


 


「あぁ、そうですね」


 


 隣の部屋でフェアリーネと子供達が休んでいる事が気になってしまうが、今後の話を詰めておかなくてはいけない。


 昨夜、フェアリーネが突然体調を崩ししかも深夜に炎龍フィアンマの名を叫ぶと裸足でベッドから飛び出した。


 


「恐らく火山ビジカンブールに住むフィアンマに何かあったことは間違い無いでしょう」


 


 バルテレミー様の前であるが大きくため息をついてしまう。フェアリーネが龍と同調してしまい十数年、最近では接触もなく落ち着いていたはずが再びこの様な強烈な出来事を目の辺りにしてしまうと、やはり彼女が龍に魅入られているのだと思い知らされる。


 


「話には聞いたことがありましたが、さっきのフェアリーネは正気とは思えませんでしたね」


 バルテレミー様には、昔フェアリーネが隣国ガルゴンが捕らえていた龍を奪取しようとしたことを話したことがある。


 


「龍が絡むとどうも引きずられる傾向は消えないようです。今回も私だけでは止めることが出来なかったかもしれません」


 


「そんな事はありませんよ、前回もマティウスが説得したのでしょう?少し時間を置けば冷静になったのではないですか?」


 


 前の時もひと晩経ってから彼女は龍よりも私を選んでくれた。きっと龍の感情を落ち着いて受け止める事は彼女には負担が大きいのだろう。だから瞬間的に自分の感情と龍の感情が混乱し暴走してしまうのだろう。


 


「今回はバルテレミー様と子供達がいてくれて助かりました。私だけではどうもフェアリーネを説得仕切れない所がありますから」


 


「騎士団で人の形をした氷龍アイスドラゴンだと称される程厳しいと言われるマティウスもフェアリーネには甘いですからね」


 


 クスクスと笑いながらバルテレミー様がからかってくる。ある意味これには無言で同意せざるを得ない。私はどうも彼女の蒼い瞳に見つめられると何でも言う通りにしてあげたくなってしまう。


 きっと私は彼女に魅入られているのだろう。そう思えばフェアリーネが龍の為に奔走する気持ちも分からなくはない。だが、ということはこのままでは収まらないだろう。


 


「バルテレミー様、恐らくフェアリーネは最終的にはビジカンブールへ行くでしょう」


 


「そうなのですね、では準備を急いだ方が良いでしょう」


 


「はい、バルテレミー様の護衛の事を考えても直ぐに周辺を巡回している騎士団の小隊を呼び寄せます。二日もあれば可能かと」


 


 フェアリーネ農村は今や領地をあげて護る価値のある所だ。あまりあからさまに警備を敷けば余計な目を引くであろう事から離れた場所にもいくつか同じ規模の農村を設置し、そこでも同じ様な作業を行って他領の目を欺いている。


 それらを騎士団から派遣された小隊が巡回警備しているのだが、運悪く私達がここへ到着する一日前にここを過ぎたばかりらしい。


 


「いや、そこまですることは無いでしょう。小隊とはいえ人が増えれば目を引きます。今回の事案はどう見ても秘密裏に運ぶ方がいいでしょう。これ以上フェアリーネが龍を操れるという話を広める事は危険です」


 


 隣国ガルゴンや、今回向かったブルーラート領では知られていたようだがまだフェアリーネの事を知らない領地の方が多い。ただでさえダンヴァース領地が最近巻き返している事が目についているのだ。バルテレミー様の言う通り静かに行動するほうがいいのは確かだが。


 


「大丈夫ですよ、私はこれでも自分の事は自分で出来ますから」


 


 ニッコリいい笑顔でバルテレミー様が不吉な事を言う。全くもって嫌な予感しかしない。


 私はぎゅっと目を閉じひと呼吸置いて意を決する。


 


「確認ですが、まさかバルテレミー様がビジカンブールへ同行するなどと言い出しませんよね?」


 


「流石マティウス、話が早いな」


 


 バルテレミー様の暴走は誰が止めれば良いのだ。

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