第4話 突然の衝撃
結局アリーチェが馬車の中で意外と大人しかった事は嘘ではないが、リアムもアリーチェも私がマティウスに付きっきりだったことに不満があったことは本心らしい。
バルテレミー様がそれを宥めてくれていたようで、その事をアリーチェも悪く思ってか新月魔草の棟の中へ入った事があるという話題を出して、興味深く話を聞くバルテレミー様を棟へ案内しようとした結果だったようだ。
夫婦間だけでなく、親子間でも重要な会話が足りなかった反省が身に沁みる。
「わかったわ、兎に角アリーチェは今後命が脅かされない限り身分を笠に着ることが無いようにね。リアムも私達を呼びに走ってくれてありがとう。
それから、今から家族だけで一緒にお茶しない?」
アリーチェはマティウスに抱き上げられたまま、リアムは私と手を繋ぎ4人で私達の青屋根の家に向かった。
夕食の時間が来てバルテレミー様を赤い屋根の家まで迎えに行く。普段なら貴族仕様の晩餐用ドレスに身を包み、領主一族を出迎えるのだがここはただの農村だ。普段着のまま赤い屋根の家のピンクのドアをノックする。
「バルテレミー様、お迎えにあがりましたわ」
私達が外で待っているとアリーチェとリアムも自分達の家から合流するためにやって来た。
「あぁ、すまないね。明日からは勝手に行くから今夜だけ頼むよ」
バルテレミー様もいつの間にかラフな服に着替えて気楽な感じて並んで歩き食事用の建物へ向かった。
アリーチェもバルテレミー様の隣に居るものの、それほど意識するでもなくリアムと今夜の食事について話していた。
「さっきルーがクリームシチューだって言ってわよ」
「リッカルド叔父さんが覗いたらピザもあったって言ってた」
そんな二人を見てバルテレミー様も嬉しそうに話に加わる。
「ここでは普段からそんな物を食べるのかい?」
首都アデミンストにある城では毎日キチンとした高級料理を召し上がっているだろう。ここじゃ、私が教えたジャンクな感じの食事がよく食べられているが、それだけでは駄目なので野菜もちゃんととれるよう工夫をされている。
「そうなんです、ここに来ると食事が美味しくって」
双子が話す様子をマティウスがじっと見ている。
「ここにいれば君も少しは太れるだろうな」
まぁ、確かにいつもここに来たときは2,3キロくらい増えて帰っていたと思うけど、ずっといればヤバい事になるかもしれない。
開放感に美味しい食事、好きな仕事だけをこなす日々、でも……
「貴方の顔を見れないならあまり効果が期待出来ないかもね」
マティウスがそっと頬にキスしてくる。
「私も同じだろうな」
頬にキスくらいもう平常運転な気がしてきた。
食事は予想通り美味しく楽しく食べた。
今は平民達と別の場所を用意してもらいそこで食べていたが、アリーチェ達が普段は平民達と一緒に食べていると聞くとバルテレミー様もそこへ参加したがった。
ここへ一緒に来ているリッカルド、マーゴット夫妻が仲良く部屋へ入って来た。普段お屋敷なら賓客のバルテレミー様に合わせて皆が一斉に食事をするのが常識だが、バルテレミー様がそれぞれ仕事があるだろうから初日で何もわからない今日だけ私達だけが一緒に食べれば後は各々自由にして構わないと言ってくれていた。
「こんばんは、バルテレミー様」
ここに着いてから一旦休息を与えていたリッカルドとマーゴットがなんだか良い雰囲気で挨拶をしてきた。マーゴットの肌艶がいい、なるほど、そゆこと。
環境の変化がうまく作用し、夫婦仲が良くなったようでなにより。おまけに私達夫婦が離れ離れになることを目の辺りにして、急にお互いに離れるのが嫌だと気づいたのだろう。このまま一気に子供を作れば良い。
食事を終えて私達家族とバルテレミー様が薄暗い夜道を歩いていた。季節は夏の終わりらしく、昼間は動くと少し汗ばむがこの時間になると涼しい風が吹いている。
「なんだかここはのんびりした気持ちにさせますね」
普段は領主の後継ぎとして、気を張って暮らすバルテレミー様が時折しか見せることがなかった年相応の顔をここでは自然に出すことが出来ている。取り囲む人の少なさに気が緩むのだろう。
赤い屋根の家が見えて来たところでバルテレミー様が私とマティウスに声をかける。
「リアムとアリーチェを食後のお茶に招待してもいいですか?ここでの暮らしを彼らから聞いてみたいのです」
ここの皆がどう過ごしているのか子供目線の話を聞きたいのだろう。私達は快諾すると3人でバルテレミー様の家に入っていく姿を見送った。もちろんこの近くには護衛として数人の騎士が待機しているから家に3人だけでも問題無い。きっと楽しく過ごせるに違いない。
私達も自分達の家に向かい、マティウスがドアを開けてくれ家の中に入ろうとした時、急に胸がチクリと痛んだ。
「いっ!?」
一瞬の痛みだったが右手で胸を押える。
「どうした、フェアリーネ!?」
マティウスが驚いて私を抱き上げすぐソファへ寝かされた。私は何度か深呼吸すると痛みが引いたことを確認し起き上がる。
「大丈夫よ、気のせいかしら。痛かった気がしたんだけど」
「疲れが出たのではないか?やはり無理をし過ぎていたのだな」
医術師でもあるマティウスが私の額や首元に触れ、診察を始める。最後に癒やしをかけてくれ少し体が楽になった気がした。やっぱり疲れてたのかな?
「ありがとう、もう平気よ」
「癒やしでも治らぬものもある。不調はすぐに言うようにしなさい」
過保護な夫はまた私を抱き上げるとベッドまで運んでくれた。
ここは……どこだろう……真っ暗で何も見えない。
不思議な感覚がして辺りを窺う。多分、夢の中だ。
なんだか息苦しく、涙が出そうなくらい胸が締め付けられる。
悲しい気持ちがどんどん溢れ止まらない。悲しくて苦しくて、怒りがこみ上げる。
思いが最高潮に達すると目の前に巨大な炎が燃え上がり見上げるとそこに炎龍の姿が見えた。
「フィアンマ!!」
ベッドから跳ね起き部屋を見回した。
「フェアリーネ!どうした!?」
マティウスも驚いたのか隣で起き上がる。私は返事もせずに部屋を飛び出し家から外へ出た。裸足で走ると南の空を見上げる。ここから南の森の更に奥にある火山ビジカンブールは見ることは出来ない。その火口に住む炎龍のフィアンマはもちろん見えるわけがないが、あの子の姿が脳裏に浮かんで離れない。
「フェアリーネ、何をしている!何があった!?」
あとから追いかけてきたマティウスが顔色を変えて私に詰め寄る。きっともうわかっているだろう。
「フィアンマが呼んでる。ビジカンブールへ行ってくるわ」
マティウスを押し退け家に向かって歩いて行く。明日早朝にここを出るために急いで準備をしなければ。
「待て!ちゃんと話せ、そう簡単に行かせる訳にはいかない」
「いいえ、駄目よ。行かなきゃ絶対に後悔する、フィアンマに何かあったに違いないもの」
並んで足速に歩いていたマティウスが裸足の私を抱き上げた。
「頼むから落ち着いてくれ!君は龍の事となると無茶をし過ぎる」
「わぁっ、ちゃんと話してるじゃない。フィアンマに何かあったのよ!どうしても行かなきゃいけないの!」
ここ数年、全く接触が無かったあの子がこんなに悲しんで動揺しているなんてただ事じゃない。抱き上げられたままマティウスに必死に説明した。
「わかった、わかったから!とにかく、暴れるな!」
抱き上げられた私の足は膝まで夜着の裾がめくれ上がっていた。慌てて裾を直し大人しくマティウスに運ばれることにした。どこかで見張っているはずの今夜の警備の命を大切にしなきゃね。
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