第3話 思っていたより楽しいみたい

 マティウスとゆるりと散歩を楽しんでいると、少し離れた場所にある水耕栽培棟の方が騒がしくしているのが聞こえた。確かあそこは新月魔草を育てている所で特別に警備が厳重な所だ。


 


「だから、この方は領主ご令息のバルテレミー様だって言ってるじゃない!」


 


 アリーチェのとんでもない声が聞こえては行かない訳にはいかない。


 仕方ないという風にお互いに顔を見合わせた。


 


「貴方の娘が騒いでいるわよ」


 


「君に似ていつもヒヤヒヤさせられているよ」


 


「私に似て、なんですって?」


 


 軽く睨みつけた。そりゃ、やらかし親子ですよ。でもそんな風に言わなくても良いじゃない。


 


「……君に似て、とても愛おしいという事だ」


 


 そのまま相変わらず美しいかんばせが近づいて来るとチュッとされて手を引かれ騒いでいる方へ向かう。まだイチャコラが続いていたのか、もう……


 


 水耕栽培棟の前につくとそこには予想通り、アリーチェとバルテレミー様がいて警備責任者のネイトが顔を真っ青にしながら二人の前に立っていた。


 


「アリーチェ様、そんな無茶を仰らないで下さい。領主一族のバルテレミー様がいらしていることは私も報告を受け承知しておりますが、ご存知の通りこの棟はガビーとフェアリーネ様のお二人の許可が無いと何人たりとも入れるわけにはいきません」


 


 新月魔草はこの村の中でも最高機密に当たる為、決まった作業員の他は私とガビーの両方の許可を得た者のみ入る事が許される。ガビーの許可が必要なのは植物の状態を一番詳しくわかっているのが彼だからだ。状態が悪ければ私だって入るのにかなり気を使う。


 この場所の直接の運営を任せているスラットリー伯爵・・から派遣されてきているネイトはキチンと役目を果たしているようだ。スラットリーは去年、この農村運営や食中毒撲滅に尽力したとして子爵から伯爵へ昇爵していた。


 


「領主一族なんだから許可は下りるに決まってるじゃない!私が言ってるのに駄目だというの?直ぐに通してよ」


 


 前にここに連れて来た時に一度入れた事があるせいかアリーチェが生意気な事を言っている。これは後で教育的指導をやっとかないと。


 


「アリーチェ、この者は自分の役目を全うしているのだから、そんな事を言ってはいけないよ。大丈夫、私は許可が下りるのを待つから」


 


 バルテレミー様がアリーチェを諌め、ネイトに配慮してくださっている。


 本当に良い子よねぇ。


 


「アリーチェ」


 


 声をかけると我が娘がビクッと体を震わせた。おずおずと振り返り見られてしまった自分の失態の言い訳をフル回転で考えている顔をしている。


 


「母さま、違うのよ、だってバルテレミー様がここをご覧になりたいって仰ったから直ぐに見せてあげたかったの」


 


「そんな言い方をすればバルテレミー様にご迷惑がかかると思わないの?」


 


 ハッとして隣にいる大好きなバルテレミー様を見上げた。


 


「違います、バルテレミー様は悪くありません!私が勝手にしたことで……」


 


 バルテレミー様も仕方無いなぁ、という顔をしてアリーチェを見たあと私達に視線を向けた。


 


「すまないね、私が許可が必要と知らなかったばかりに騒ぎを起こしてしまったようだ。誰も咎めないで欲しい」


 


 バルテレミー様の後ろでネイトがホッと胸を撫で下ろしていた。領主一族に逆らうなんてかなり厳しかっただろうが何とか守り通した彼には特別手当を出しておこう。だけどアリーチェにはお仕置きが必要だ。


 


「いいえ、こちらこそ配慮が足りませんでしたわ。視察したいと仰っていたのに」


 


 今日はゆっくりしてもらってから案内しようと思っていたので油断していた。


 


「いや、私は明日からと思っていたんだがアリーチェに誘われてつい来てしまったんだ」


 


 そこからかい!アリーチェ教育し直しね。


 お行儀の悪い娘を指でこっちに来いと呼び付け逃さないようぎゅっと手を握る。


 


「アリーチェ、一人でバルテレミー様の家に行ったりお誘いしたり地位を振りかざすなんてイケナイ事だとわからない?」


 


 娘を放置してしまう形になっていたことは私にも責任があるが、まさかここまで考え無しな行動を取るとは予想外だった。


 私に叱られたアリーチェが助けを求めるようにマティウスを見上げた。


 


「……フェアリーネ、もうそれ以上は……」


 


「マティウス、まさか私が言っていることが間違っているとでも?」


 


 いつものパターンだ。ここでマティウスが庇うからアリーチェはいつまでも我儘がなおらない。だが人前でこれ以上叱ることは流石にアリーチェが可哀想だろうと思い、それ以上は言わなかった。


 


「フェアリーネ様!ここにいらしたのですか」


 


 事務所がある方からガビーがリアムと一緒にやって来た。どうやらアリーチェの厄介な行動を見越したリアムがガビーと私に知らせようとしてくれていたようだ。


 妹の事をよく理解している双子の兄は、すぐに状況を把握し既にやらかして項垂れたアリーチェに声をかける。


 


「だから言ったろ」


 


「うるさい!」


 


 どうやら兄の忠告を無視したという事も判明。リアムもわかっているならバルテレミー様に言ってくれても良かったのに、と思うがきっと後でねちっこくグチグチ言われる事を避けたのだろう。アリーチェはバルテレミー様が絡むと見境無いから。こういう粘着質なところはマティウス似だと思うよ。


 


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ですけどガビーも来たことですし、私は許可を出しますわ。ガビー、どうかしら?」


 


 棟の中の状態は私ではわからない。


 


「大丈夫です、今は収穫前の元気な新月魔草がご覧頂けますよ」


 


 自分が手塩にかけた成果をバルテレミー様に見てもらおうとガビーが張り切って入口の鍵を開けた。


 


「うわぁ……壮観ですね」


 


 新月魔草の水耕栽培が行われている建物はこの農村では中間くらいの大きさだ。出来るだけ大量に生産したいという気持ちはあるが、あまり建物を大きくしては育ちに差が出来すぎ栽培に不備が生じ易いからだ。


 繊細な新月魔草は腰高のプランターにずらりと並び、小さなプックリした2つの葉をうさぎの耳のように生やしている。棟の中には作業員が数人で手入れをしたり成長の記録を取ったりしていた。バルテレミー様が入って来たことで、ただならぬ雰囲気に動揺する者もいたが私の姿を見つけると嬉しそうな顔をした。


 


「フェアリーネ様、マティウス様もいらして下さったのですか?」


 


 ガビーの下で働くラルクが伴侶のエマと一緒に近寄って来ると、見慣れぬバルテレミー様に礼を取った。


 ラルクは私が2回目に転生したアリアの兄でエマはその後に転生した体の持ち主だ。なんだかややこしいがこの二人は数年前に結婚しここに移住している。ラルクの父親のジョルジュと他の兄弟は首都アデミンストにいるがラルクはいずれ農村をやりたいと言って今は運営を学ぶために奮闘中だ。


 


「ラルク、エマ、久し振りね。こちらは領主ご令息バルテレミー様よ、ここのご案内任せるわね」


 


 ラルクはゴクリと喉を鳴らしたが、何とか頷くとバルテレミー様を建物の奥へと案内していった。ガビーにも後ろからついて行ってもらい、私とマティウスは外で待たせている双子の元へと向かった。


 


「さぁ、どうしようかしらね」


 


 俯き肩を震わせるアリーチェ、流石にしでかした事の大きさに責任を感じて泣いているのかな。その隣で無表情の兄リアムが私をじっと見上げる。


 


「何か言いたいことがあるの?」


 


 今回落ち度なしどころか妹のために奔走したリアムに不満の翳りが見える。


 


「僕たちだってこの旅で母さまと離れ離れになるんだけど」


 鋭い炎龍ファイアードラゴンの嘴にぐっさりと体を貫かれた様な気がした。確かにここへ向かう旅路ではマティウスに付きっきりだった。


 


「それは……ごめんなさい」


 


「アリーチェは馬車の中でひと言も話さないし、バルテレミー様が気を使って下さって何とか耐えていたけど、僕だって辛かった」


 


 まさかのアリーチェがバルテレミー様との旅を楽しむどころか口もきかないくらい落ち込んでいたなんて予想していなかった。だってバルテレミー様がここを視察の為に数日滞在するって言い出したときはあんなに元気に手を上げていたのに……まさか私と過ごす時間が出来ると思ったからだったの?


 


「そうだったの……」


 


 これじゃ母親として駄目だ。子供達より夫を優先してしまった。


 


「確かにここに来るまでは私の配慮が足りなかったが、元々お前達はここに暫く滞在させるつもりだったんだ。フェアリーネと離れがたい気持ちは私と同じだろうし、準備期間が必要だと思っていたからな」


 


 マティウスがアリーチェを抱き上げるとその頬をくにっとつまんだ。


 


「だからもう嘘泣きはやめろ」


 


 嘘泣きかよ。

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