第2話 こんな事になるなんて

 

 結局、バルテレミー様が滞在する間はここまで来た全ての者が農村に滞在することになった。


 青ざめるガビー、ポカンとする平民の農夫達、ど緊張の下級貴族達。ぞろぞろと歩く見慣れぬ上級貴族の列を見て、皆が飛び上がらんばかりに驚いた後、ひれ伏し農村は機能不全に陥りそうだ。


 私は出来るだけ農村のみんなにバルテレミー様はお優しい方だから大丈夫だよと説明していくが、それぞれ慣れてもらわなければ仕方が無いね。話をすればバルテレミー様がどういう方かそのうちわかるだろう。彼はとってもやり手だからね。


 


 取り敢えず、バルテレミー様を賓客が来たときにお泊り頂いている一軒家へお連れした。


 すっかり機嫌が良くなったマティウスが、やっと本来のキリッとした格好良い騎士団長らしい姿でキビキビと先を歩き、案内するガビーと並んで農村の警備状況を確認している。


 


「少しは落ち着きましたか」


 


 私の隣でバルテレミー様が呆れ半分、心配半分という顔でマティウスを見ている。


 


「親子共々ご迷惑おかけ致します」


 


 恥ずかしさと申し訳無さで一杯です。


 するとバルテレミー様は笑みを浮かべ首を横にふる。


 


「いいえ、首都での暮らしがフェアリーネにとってそこまで大変だとは気づかず私としても申し訳なく思っています。それに、私もこのままフェアリーネと離れるのは寂しく思っていましたから……」


 


 最後の方は小さく呟く様な声だった。


 相変わらず可愛い方だな……


 


「そんな、全てはわたくしの不徳の致すところですわ。わたくしもバルテレミー様とお逢いできる機会が減るのは寂しく思っています」


 


 この農村へ住めばなかなか会えなくなるだろう。子供達やマティウスはなんとか都合をつければ来れるだろうけど、領主ご令息では立場的に色々な面で長距離移動は難しい。


 


「こちらへどうぞ、バルテレミー様」


 


 賓客用の家につくとその外観を見てバルテレミーが少し驚いている。


 


「随分可愛らしい家ですね」


 


 賓客用とはいえ、ただの農村に領主一族をお迎えするのに満足いく物はご用意は出来ない。ここには私達のような上位貴族も来るが、それは本当に稀な事で、そんな時の為だけに豪華なお屋敷など作っておけないのでいっそお伽噺に出てきそうな三角屋根のこじんまりした外観の家をいくつか建てていた。


 豪華ではないが工夫を凝らした造りで、屋根はそれぞれ色違いでここは赤い屋根、壁は白く蔦模様が描かれ、ドアはピンク色で上部をアーチ状にし、ドアノブは陶器で出来ており花を模した形をしている。ここの模様はコスモスだ。


 


「ここが一番広い家ですから少しは寛げると思います」


 


 アリステアがドアを開けマティウスが先に入ってバルテレミー様を案内する。入ってすぐは応接室兼リビングで奥の部屋が寝室だ。勿論、バスルームもありそれなりに上級貴族が不便無く過ごせる造りだが、流石に領主一族には対応出来ていないかも知れない。


 


「わぁ、なかなか素敵ですね。気に入りました!」


 


 どうやら本当にそう思っている様子でバルテレミーが自ら寝室を確かめたり窓を開けてみたりと好奇心旺盛に10代という年相応の顔をのぞかせた。


 


「良かったですわ、お食事は別棟を利用致しますので後でご案内致しますね。それからここでは平民の者がお世話に当たることもございますが……」


 


「勿論構わないよ、何だか楽しくなってきた」


 


 ここでは領主一族として満足のいく対応は望めないが、裏を返せば領主一族として意識しなくていいという事でもある。バルテレミー様にはそんな体験は初めてのことかも知れない。


 勿論、側仕えもいるがいつも隣の部屋に待機している側仕えの部屋はここには無い。少し距離をあけた場所にあり、かなりプライバシーが保てるので一人で出掛けてもバレないのだ。


 警備が厳重だから農村内は一人でうろついても大丈夫なのでここでは私もアリーチェも結構ひとり行動が多い。


 


「では後でお食事の時間にお迎えに来ますね」


 


 折角だから一人を堪能してもらおう。


 


 村の中を案内するのは明日にして、夕食までは休んでもらうことにし、他の者達もそれぞれあてがわれた家に荷物を運び込んで行った。


 


 マティウスと私は言わなくても同じ青い屋根の家に滞在し、子供達は近くの双子用の緑の屋根の家に泊まらせた。何度か来た事がある双子は慣れたものでここでは大体の事は自分でやっていく。


 きっとさっそく動きやすい服に着替え水耕栽培を見たり、警備の下級騎士達と話したり魔術師達に魔力を魔石に込める所を見せてもらったりして遊ぶだろう。


 


 私は二人きりになりたがっているマティウスには悪いが、ガビーに今後の説明をしておかなくてはいけない。


 直にいつも農村で着ている軽い感じのワンピースに着替え職人達が集まる事務所へ向かった。勿論キッチリとマティウスが付いて来ている。


 


「ガビー、良いかしら?」

 

 さっき領主ご令息と心の準備無しに対面し、かなりやつれてしまったガビーが私の声に一瞬顔色を無くしたがバルテレミー様が居ない事を確認しホッと胸を撫で下ろしていた。


 


「フェアリーネ様、マティウス様、勘弁して下さいよ。心臓が止まるかと思いました」


 


「ごめんなさいね、急に決まった事だったから驚かせてしまったわね」


 


 詳細は省いたが私が今後期間を決めずにここに療養を兼ねて長期滞在することを告げるとガビーが目を輝かせた。


 


「本当ですか!?あっ、いや、療養ですよね。もちろんお体の事は心配ですが……実際、ここの者達はきっと喜びますよ。いつもフェアリーネ様が滞在なさって帰る時は寂しく思っていますから」


 


 やだ、なんだか照れるなぁ。私もここに来るといつも楽しかったもんね。


 うっかり私も嬉しそうな顔をしてしまったのか、隣にいたマティウスから痛いほどの冷気が漂いだした。


 


「あぁ、もちろんマティウス様がお寂しく思われる事は理解致しております、お気の毒です」


 


 もうっ、ガビーに気を使わせるんじゃないよ。


 


 ガビーに私が前に来た数ヶ月前から今迄の資料の束をもらい直に確認しようとするとマティウスがそれを取り上げた。


 


「私達が帰ってからでも良いであろ」


 


 そう言われドキッとした。そうだ、今はこうして一緒に居るが数日後には今度こそ別れ別れになるのだ。


 


「そうね、そうする」


 


 彼の腕に掴まると事務所を出た。


 二人でゆっくりと農村を歩く。最初は一つだけだった水耕栽培の建物も今は合計5棟ある。多少大きさは違うがそれぞれ希少植物を育てるのに成功しており、安定供給できる体制が整っている。


 10年程前に流行った食中毒もここ最近では聞かなくなった。そもそも『ベリハベル』という植物が毒を持っていてそれを食したグズモットを人が食す事によって食中毒が発生していたのだが、グズモットを食す事も無くなった。


 グズモットは貧困にあえぐ農村部で仕方なく食していたもので、食中毒が減ったということは、食べるのに困ら無くなってきているということだ。


 


「また仕事の事を考えているのだろう」


 


 マティウスが私の頭の中を覗いたような事を言う。


 


「だって、ここに来れば自然と貴方と初めて会った時の事を思い出して、そこから新月魔草を見つけた時の事、グズモットが原因だと突き止めた時の事、貴方と再会した時の事って、色々思い出しちゃうんだもん」


 


「そして最終的に仕事の事を考えるのか」


 


「ふふっ、よく分かるわね。こんな風に貴方と過ごす事になるなんて、出会ったばかりの時の事を思えば想像もつかないわね」


 


 彼の肩に頭をこってりとのせた。


 


「そうだな……ここに来て君と離れ離れになるなんて思ってもみなかったよ」


 


 マティウスが私を優しく抱きしめると大きくため息をついた。


 


「ごめ……」


 


「あやまるな。ここに来るまでの馬車の中での事をまた繰り返したくない」


 


 お互いにあやまり合い収拾がつかなくなって泣いてばかりの日もあった。


 


「そうね」


 


 黙ってマティウスを抱きしめ返した。

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