続・転生者にも事情がある

蜜柑缶

第1話 お久しぶりです

 馬車はガタゴトと揺れながら街道を進む。見覚えのある風景になってきた頃から少しずつ別れが近づいて来る事を知らされ憂鬱な気分になっていた。


 


 夫のマティウスは炎龍ファイアードラゴン関連で訪れていたブルーラート領地を出たときからずっと私と二人きりの馬車の中で新婚時代も真っ青なほど甘々な態度で接して来る。まぁ……嬉しいんですけどね。


 私達の息子と娘、双子のリアムとアリーチェは別の馬車でここダンヴァース領主のご令息バルテレミー様とご一緒している。


 十七歳になったばかりのバルテレミー様は爽やかな笑顔で「かまいませんよ」と言ってくれているが日に日に笑顔が張り付いたようになっていた。


 きっと本音はアリーチェの相手をするのが疲れてきているに違いない。あの娘がバルテレミー様に前から好意を寄せていたことはわかっていたけれど、いきなり不意打ちキスぶちかますとは予想出来なかっ……いや、すべきだったのかもしれない。だって私も若気の至りでやらかした事がる。


 でも申し訳無いけど、今回ばかりは許して欲しい。なにせもうすぐ夫と別居を始めるのだから……


 


 


 兄でディミトロフ辺境伯の領地には極秘にとある希少植物の新月魔草を水耕栽培で育てている農村がある。そこは農村とは呼ばれているものの個人の農場で、昔は平民が管理していたが今はディミトロフ家の管理で運営されている。今や私の名を取り通称フェアリーネ農村と呼ばれており、私が数ヶ月に一度は訪ねて村の運営や新月魔草の栽培状況等を把握していた。


 


「マティウス、そろそろ農村につくんじゃない?」


 


 彼のサラサラの緑の髪を指で梳きながら起きるように促す。マティウスは馬車の中で私と並んで横になり、白の呪いと呼ばれていた私のプラチナブロンドの髪に顔を埋め匂いを嗅いでいる。


 馬車にある野営時に使うベッド機能をラブホのように使うんじゃないよ。


 勿論、部下のアリステアが御者をしているのにこんなところで致したりしないけど、とても子供達に見せられる状況ではない。


 私はとある場所で事故死した後、色々あって最終的に貴族なんてもんに転生してしまい、今はその生活に堪えられず農村へ移住するために馬車に揺られているわけなのだが……


 


「このまま永遠にどこにもつかなければいい……」


 


 そんな中二病のようなセリフは吐かないで欲しい。それでなくとも貴方はストーカーの気がある変人だし。


 


「そうも言ってられないわよ。ほら、もう見えて来たわ」


 


 体を起こし窓にかかるカーテンを少しめくりあげ外を見ると既に農村の囲壁が目に入った。希少植物を水耕栽培という極秘方法で栽培している為、警備は厳重だ。下級魔術師も常に滞在し、多少の魔物にも対処出来るようになっている。


 


 到着へ向けて乱れた髪を直そうとしていると突然後ろへ引き倒された。


 


「まだだ」


 


 覆いかぶさる愛しの旦那様だがもう限界です。


 


「騎士団長のこんな姿を貴方を尊敬している子供達に見せる気?」


 


「あいつらは私を尊敬しているんじゃ無くて、呆れているようだったぞ」


 


 私が日々の仕事や生活に疲れ切っていた事に気づかなかった事を双子に責められ、それを根に持っているらしい。


 


「そうも思っていたかも知れないけど、今はもう気づいているし、だからここに来たんだし、残るは尊敬だけよ。そこを退けばね」


 


 覆いかぶさっている体をグイッと押しやり起き上がると彼の手を握り引っ張った。


 


「早く、門をくぐったわよ」


 


 外からの声で到着を知らされ今度こそ服装の乱れも直して管理者としてビシっと気合を入れる。マティウスも流石に不味いと思ったのかゆっくりとした動きながら身支度を整え貴族仕様に顔を整えた。


 


「失礼致します、マティウス様」


 


 馬車が止まりアリステアがドアの前で声をかけてくる。直に開けようとしないのは一度イチャコラしているところを開けられてしまった経験からだ。幾つになっても恥ずかしい歴史って作られて行くんだね。


 


「いいぞ、アリステア」


 


 ドアが開かれマティウスが先に降りると私の手を掴みエスコートしてくれるのかと思いきや抱き上げられくるりと回転させられ下ろすと同時に抱きしめられる。


 


「マ、マティウス!皆が見てるのよ!!」


 


 ここ数日、油断すれば所構わずイチャコラし始めるマティウスがちょっと問題児だ。既に慣れてしまっている双子や、嫌な物を見る目つきのマティウスの弟のリッカルド、微笑ましそうなマーゴットはいいとしても流石に領主のご令息バルテレミー様の前では良くないだろう。ただでさえ双子と馬車に同乗してもらって迷惑をかけている。


 なんとかマティウスから離れようと藻搔いていると遠くの方から久し振りのガビーが走って来るのが見えた。彼はここに水耕栽培を持ちこんだ時からの責任者で、ガビーの登場にマティウスも渋々体を離した。


 


「フェアリーネ様!?あっ、マティウス様、リアム様、アリーチェ様まで。皆様お揃いで、どうなさったのですか!?」


 


 ガビーはこの農村に来る前、マティウスの元の家門テンプルウッドのお屋敷で働いていた事もあり長年の付き合いだ。双子達も何度かここを訪れた事があるからすっかり顔馴染みだ。


 


「あっ、ガビー、久し振りで悪いんだけど、私は今日からここに移住するから宜しくね」


 


「はぁ!?移住ですか……移住って、滞在なさるってことでよね、いつもより長く居るってことですか?」


 


 ガビーがポカンとした顔で聞いてくる。


 


「えぇ、当分は居るつもり」


 


 そう言うとやっと剥がれたマティウスがまたくっついて来た。後ろから抱きしめてくるマティウスにガビーが見てはイケナイものを見てしまったという顔で下を向いた。


 


「ごめんなさいね、事情は後で説明するけど兎に角、私はここに住むから。家も対応もいつも通りでいいから気にしないで」


 


 マティウスを背中に貼り付けたまま、話を進めなければいけないみたい。


 


「こちらは領主ご令息のバルテレミー様です。賓客用の場所へご案内してもらえる?」


 


 バルテレミー様はこの農村へ来るのは初めてで、勿論、ガビーとも初対面だ。


 


「えぇ!?領主ご令息様……も、申し訳ございません!!」


 


 領主一族に気づかないばかりか礼も取らずにいた平民のガビーが慌ててひれ伏すと一緒に来ていた顔馴染みのルーという村娘の頭を一緒に下げさせた。ルーは私達以外の上位貴族に対面したことが無かったのでイマイチ状況が掴めていなかったようでわけも分からず頭を下げていた。


 


「大丈夫です、そんな風に怯えないで下さい。普段フェアリーネ達に接しているのと同じ対応で良いですから」


 


 流石に心が広いバルテレミーは相変わらず可愛いねぇ。


 うんうん、頷いていると後ろに貼り付いている子泣き爺がお腹に回している手に力を込めた。


 わかった、わかったから!


 


「じゃあ、今日は皆様も一泊して明日経つ予定だから、任せるわね。私はコレを処理しないといけないから、失礼」


 


 そう言って急いでここの自分の家に向かおうとすると、バルテレミーが突然予定外の提案をしてきた。


 


「私も暫くここに滞在したいので、そのつもりで宜しく頼む」


 


「はぁ?そんな事を言ってましたか?」


 


 驚いてマティウスまで埋めていた私の髪から顔をあげた。


 


「話そうにもフェアリーネはずっと・・・マティウスと過ごしていたので」


 


 あっ、ちょっと怒ってる?


 


「はは……申し訳ございません」


 


「フェアリーネ農村には前から一度来てみたかったのですがなかなか機会を得なくて。今回折角来たのですから視察して行きます」


 


 有無を言わせぬ領主一族パワーを発揮しバルテレミー様は皆を黙らせた。


 


「ちょっと待って!だったら私も残ります」


 


 バルテレミー様の滞在する発言に乗っかる形でアリーチェが真っ直ぐに手をあげた。


 


「駄目よ、アリーチェ。貴方は数カ月後に9歳から学院へ特別に通う為の試験があるでしょう?」


 


 本来なら13歳から通う学院へ特別に早く入学する為の試験がある。これは数年前にバルテレミーが優秀な為に特別入学したことが切っ掛けで始まった制度だが、毎年数人が試験を受け、時々合格者が出ている。


 最近ではこの試験を受ける事が優秀さをアピール出来る場として利用され始め、下級貴族の間では出世へ向けての第一段階などと言われているらしい。


 


「母さま、私が受ける試験は薬学部のものです。この農村は薬草を栽培しているのですから薬学を学ぶのには最適です」


 


 キラッと瞳を光らせいかにも自分は勉強熱心な為にここに滞在したいのだという顔をする愛しい我が娘。


 取ってつけた理由にしては上出来だね。


 上出来だけどそんな理由でここへ留める訳にはいかない。バルテレミーはともかく、マティウスは騎士団長として首都アデミンストをそうそう留守にする訳にはいかない為、出来るだけ速やかに帰る必要がある。


 


「駄目よ、アリーチェ。お前は明日、父さまと一緒に帰りなさ……」


 


「バルテレミー様がここに滞在するなら護衛として私もここに残らねばならぬな」


 


 勝機を得た様な満面の笑みで騎士団長である夫が言った。

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