エピローグ②
「じゃあ、明日の朝。明日は途中から山を歩くことになるから早めに寝るようにな。おやすみ」
兵士さんは、そう言って私の部屋を後にした。
部屋に一人残された私はしばらく閉じられた扉を見つめた後、ため息交じりにベッドに倒れこんだ。
私にはわからない。
なぜ私が魔女にさらわれたのか。
なぜ見ず知らずの少年が魔女にさらわれた私を助けてくれたのか。
なぜその少年はこんな鍵を私に持たせたのか。
ごそごそとポケットにしまっておいた鍵を落とさないように取り出す。
別になんてことないただの鍵。空に光る星のように輝いているわけでもなく、宝石のように高価なわけでもない。なのに、なんでただ見ているだけなのにこんなに心がざわつくんだろう。
明日はこの鍵を作った職人さんに会う。
作った人なら、この鍵がどこの鍵なのかわかるだろうと兵士さんは言っていた。
そうなれば私を助けた彼にも会えるかもしれない。
けど、会って何を話せばいいんだろう?
いろいろ聞いてみたいことはある。そのために私も兵士さんと一緒に王都を出たのだから。だけど、そんな考えとは裏腹に怖いと感じる心もある。
助けてもらったとはいえ、私は彼に会ったことがない。正確には彼を見たことがない。
彼は私を知っているのに私は彼を知らない。
魔女がなんで私をさらったのか、なんで命がけで魔女と戦ってくれたのか。
私の知らない何かがそこにある気がして、このざわつく気持ちの正体も彼は知っている気がして、私はそれを聞くのが怖いんだ。
————夢を見た。
私はそこでも眠っていて、誰かが私を背負って歩いてくれてる。
その背中は小さくて、なんだか少し頼りないけれど、とても暖かくて心地のいい小さな背中で私はすやすやと眠る。
そんな優しい夢。
「んっ、んん」
考え事をしていたらいつのまにか眠ってしまっていたみたいだ。
カーテンの隙間からは朝日がのぞき、外からは活気のいい声も聞こえ始めている。
昨日着替えもせずにベッドに飛び込んだせいで服はしわくちゃ、右手に鍵を握りしめたままだったせいで手のひらにはしっかりと鍵の跡が残ってしまっていた。
ベッドから半身を起こし、空いている左手で光の漏れるカーテンを開く。
外から差しこんだまばゆい光に一瞬目を細める。
空は気持ちのいいほど快晴で、登り始めた太陽が街を明るく照らしている。
結構夜更かしして眠たいはずなのに、体は妙に軽くすっきりとした気分だ。
これも天気がこんなにもいいおかげかもしれない。
「こんなところにほんとにいるんですか?」
馬車に乗り、降りた先の果てしない山道を歩いた先に目的地である村はあった。
街を出た時にはまだ山の上にあった太陽が頭の真上で輝いている。ここに来るまで相当な時間山道を歩いてきた。おかげで汗まみれで足は棒のようだ。帰りも同じ道を歩くなんて考えたくもない。それは横の兵士さんも同じ気持ちなようで
「これでいなかったとか、死んでましたとかだったら最悪だぞ」
なんて疲れ切った顔でろくでもないことをつぶやいていた。
「大丈夫ですよ。あのじいさんなら当分は死にそうになかったですから」
すぐさま私たちを連れてきてくれた案内人のおじさんが否定してくれたからいいものの、気が重くなるのでそんな笑えない冗談はやめてほしい。
「じいさんの家はあっちです」
案内されるがままにおじさんのあとをついていく。
歩きながら村の中を見渡してみるが、見れば見るほどほんとに人が住んでいるのか不安になってくる。
人の姿などは見えず、視界に入ってくるのは家畜の牛や豚ばかり。私の住んでいた街もそれなりに田舎だと思っていたがここはその比じゃない。だって人がいないし。でも、なんとなくここを隠居先にえらんだ鍵職人の人の気持ちが分かった気がする。
まるでこの村だけは時間の進みがゆっくり進んでいるかのような静けさがある。なのに、ここには以前も来たことがあるような、昔住んでいたかのような懐かしさや安らぎも感じる。この前連れていかれた王都にはそんなものはなく、みんな何かに追われてるみたいな忙しさがあった。私は少ししかいなかったけど、あんな場所に何年も住んでいたらこういう場所に住みたくもなるだろう。
————っちだよ
ふと、女の子の声が聴こえた。
周りを見渡してみても声の主らしき人はいない。
「どうした?」
兵士さんには聞こえていないようだった。
空耳かもしれない。こういう場所だから、何か動物の鳴き声が人の声に聞こえたのかもしれない。
それに今はそんな声よりもこの鍵について知るのが先だ。
————はやく、こっちに来て
今度ははっきりと、空耳ではないと確信できるほどしっかりと聴こえた。
不思議とその声には聞き覚えがあった。誰の声かはわからない、なのになぜか安心感というかしっくりくるというのか表現が難しいけど、とにかく怪しい感じは一切しなかった。
その声が私を呼んでいる。
行かなきゃいけない。
なんでかは分からないけど、そんな気がした。
そう思ったら、勝手に声の方向へ足が向いていた。
「おい、どこに行くんだ!?」
前を歩いていた兵士さんが驚いて私を止めようと声をかける。
「鍵のことはお願いします。私、行かなきゃいけないんです」
それだけ言い残して声の聴こえる方へ走り出した。
兵士さんが後ろで何か言っていた気がするが、そんなものは気にしないで声の方へひた走る。
なんだか不思議な感じだ。
歩いたことのない道、見たことのない風景。なのに、迷う気がしない。
声に導かれているはずなのに、もっと自分の根っこの部分で、心が、体が行くべき場所をわかっているような、そんな不思議な感覚。
長時間歩いて重かったはずの足が羽のように軽く跳ねる。
入ってきたのと違う入り口から村を出て、さらに山道を登って、山道の途中にある洞窟を抜ける。
抜けた先は木々の合間。
道なんてないが、行く方向は分かっている。
木々の隙間を抜けていくと、いきなり視界が光に包まれた。
見えたのは山々の連なり、そしてその隙間で控えめに佇んでいる小さな花畑。
花畑と言っても咲いているのは店頭を飾るような見目麗しく派手な花ではなく、どこにでもあるような小さくて淡い色の花たち。だけど、それがこの場所にはとても合っていて、すごくきれいだった。
まるで誰も知らない秘密の場所のようだ。でも、ここには先客がいた。
背中しか見えないが背丈的に私と同年代か少し下の男の子だろうか。
顔も見えない彼を見た瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。
心臓から押し出された熱いものが体中を熱っぽくさせた。でも、それ以上に熱いものが瞳からこぼれていた。
私にはとめどなくあふれてくる涙を止める方法も、どうしてあふれてくるのかも、わからなかった。
彼は、そんな私に気が付いていないようで花畑の中心から遠くを見ている。
私をここに導いたあの声はもう聴こえなくなった。あの声はきっと私を彼に会わせたかったのだろう。涙があふれてくるのはその理由を心が知っているからかもしれない。
「あのっ!」
気づけば彼に声をかけていた。
その声はそれほど大きくはなかったはずなのに、風に乗って山々に響いた。
私の存在になど気が付いていなかった彼は、いきなり聞こえた声にびくんと体を震えさせると恐る恐るといった様子でこちらを見た。
なんだか一度見たことのあるような光景に思わず顔がほころぶ。
「——————」
この後、何を話したかは覚えていない。
たぶん覚えておくほどのことじゃなかったんだと思う。
けど、この時見た風景はいつまでも、いつまでも瞼の裏に焼き付いて離れてくれない。
目を閉じれば、いつでもあの心臓の高鳴りが舞い戻ってくる。
この感情を表現する言葉を私は知らない。
誰かに聞こうとしても、うまく伝えられる気がしない。
それに言おうとすると自然と顔が熱くなって言えなくなってしまう。
だから、私は自分の中で一番しっくりくる言葉をあてはめることにした。
その言葉が合っているかは正直なところ、今の私にはわからない。
その答え合わせはきっと、もっと先の私がしてくれるだろう。
だから、今はこう言うんだ。
この出会いは“運命”だって
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