エピローグ①


 魔女との戦いから十日が経った。

 あの日、地下の祭壇さいだんからなんとか抜け出した俺は地上の光を見た瞬間に意識を失った。

 次に意識が戻った時には、街の病院で少女と一緒に寝かされていた。

 どうやら城の崩落に気が付いた街の人々によって救出されたらしい。俺たちが見つかった時には地下の崩落に巻き込まれた城は見る影もなくなっていたそうだ。

 意識が戻って最初に確認したのは、少女の安否と病室にいない少年のことだ。

 少女の方は命に別状はなく、俺が目覚めた後ほどなくして目を覚ました。だが、少年については、みな口をそろえて知らないと答えた。

 少年は少女の救出を街の人に頼まれたと言っていたが、誰もそんなことを頼んだ記憶はないというし、少女が森に行った前後でこの街を訪れた旅人もいなかった。

 ここにきて城で持った疑念ぎねんがまた戻って来た。————あの少年は一体何者だったのだろう?

 少年がとった不可思議な言動や行動を思い出していろいろ考えてみるが、その答えはずっと出ないままだった。


 俺と少女が目覚めたその日に、王都から魔女狩りの先遣隊せんけんたいが街にやって来た。それは俺たちのような常駐じょうちゅうの兵士にも聞かされていない極秘のものだった。

 彼らがやってきてから、俺と少女は大変な目にあった。

 魔女がすでに討伐とうばつされていると知ると尋問じんもんのような聴取ちょうしゅが始まり、それが終わると魔女の城の調査、それも終わると今度は王都へとんぼ返り。しかも俺たちまで巻き添えをくらい、強制送還させられてしまった。

 王都には魔女狩りのことがすでに伝わっており、お祭り騒ぎが起きていた。しかも俺はその魔女を倒した英雄ってことにされていて、式典やらなんやらにことごとく参加させられた。

 一緒に連れてこられていた少女も、魔女から救出された悲劇のヒロインとして、このきついスケジュールに巻き込まれて、疲れからか助け出した時より見るからにやつれていた。

 そんな少女の姿は見てられなかったし、なにより俺もこんな状況は限界だった。

 魔女との戦いから七日が経ったころ、耐えきれなくなった俺は少女と二人で王都から逃げ出した。


 ガタン、と馬車が大きく揺れた。

 一瞬体が浮いたように錯覚さっかくするくらい大きく揺れたので、心配で横に座っている少女の方を確認する。だが、少女本人は揺れなど気にしていないようで、悩ましげに窓の外を見つめていた。

「なんで、こんなもの」

 少女は遠い空に話しかけると、次は手に持った鍵に視線を落としていた。


 あの日、救出された少女はあの鍵をずっと握っていたそうだ。

 持っていた少女本人にも、あの鍵に心当たりはなく、どうして持っていたのかさえ記憶にないそうだ。となると、魔女に連れ去られてから救出されるまでの間に誰かに握らされたと考えるのは自然だろう。その間に少女と接触したのは三人。————俺と魔女とあの少年だけだ。

 もちろん俺はそんなもの持たせてない。魔女も魔女で、少女に鍵を持たせるとは考えにくいので、消去法であの少年が持たせたということになる。

 少年が何のためにそんなことをしたかわからない。だが、持たせたからにはなにか理由があるのだろう。そう考え、王都でのバタバタのすきを見て呼び出した旧友にこの鍵について調べさせた。

 結論から言うと、正体はただの家の鍵だった。

 鍵の中でも一番身近でありふれているもので、普通ならこれだけでは何も知ることはできないだろう。だが、この鍵に刻まれた鳥のような刻印こくいん、これがあることで話が変わった。

 この刻印こくいんは大層有名な鍵職人が作った鍵に刻まれているものだそうで、見る人が見れば誰が作ったかは一目瞭然いちもくりょうぜんだそうだ。

 その職人は元々王都を拠点に仕事をしていたそうなのだが、数年前に隠居したとのことで今は国の南端の山奥の農村で静かに暮らしているらしい。

 王都を抜け出した俺たちはその鍵職人のもとに向かっていた。

 向かっている理由は、鍵職人にこの鍵を見せれば何かわかると考えたからだ。

 帳簿やなんかで、どこの鍵か記録が残っていればベストだが、いつ作られたものかわからない以上、あまり期待はできない。

 それでもあの少年について何かわかるのなら、そう思って行くのだ。

 俺の、俺たちの命の恩人について知るために。


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