第24話

 ガキンと派手な金属音を上げて右手に持っていた盾がバラバラに崩れ落ちた。魔女の力で強化していたとはいえ、嵐のような魔女の攻撃を受け続ければよくもってくれたと褒めてもいいくらいだろう。

 これで身を守るものはなくなってしまった。盾があったおかげでここまで大きな傷を負わずに済んできたが、ここからは自力で魔女の攻撃をかわすしかなくなった。

 兵士はきちんとアレを見つけられただろうか。兵士がこの部屋を出て行ってからかなり時間がたっているはずだ。盾のない状態ではどのくらい耐えられるかわからないが、彼がアレを持ってくるまではなんとしても耐えるしかない。

 僕の思惑など知らない魔女は依然激しく攻め立ててくる。さきほどまでは相殺できていた炎や水も消耗した僕の力では軌道を逸らすしかできない。

「ぐうっ!」

 避け損ねた水流が初めて体に直撃した。

 あまりの衝撃に、体は浮きあがり肺から空気が押し出される。浮き上がった体は重力に引かれて受け身も取れないまま地面にたたきつけられた。

 体勢を立て直そうと顔を上げれば次の攻撃が迫っているのが見える。だが、力の薄れた体ではすぐに起き上がることもできず、動くことさえままならない。

「うおおおおおおッ!」

 まるでイノシシのような勢いで雄たけびを上げながら、入り口の方から兵士が僕にむかって突っ込んできた。

 そのままわき目も振らず僕の方へまっすぐ突き進み、僕に魔女の攻撃が当たる寸前、僕の体をすくい上げるように持ち上げた。

 持ち上げた僕を肩に担ぎあげると次々と飛んでくる魔女の攻撃をすんでのところですり抜けて逃げ回る。

 ぎりぎりの回避を続け魔女からの死角になる柱の陰まで逃げ込むと、ズサーっと間抜けな音を立てながらひっくり返るように転んだ。

「ぜぇぜぇ、……ぎりぎり、っ……間に合ったようだな。」

 大きく肩で息をしながらこちらに笑いかけた。

 ほんとタイミングがいいのか、悪いのか、僕がピンチのタイミングで現れる男だ。おかげで助かった。それに彼が現れたということはアレを持ってきてくれたはずだ。

「見つけたんですね!」

「ああ、だがすまん。一本は今転んだ時に割れてしまった。……けど、もう一本はちゃんとここに。?……あれ?あれー?」

 自信満々で何も持っていない手のひらを見せたと思ったら、青ざめてきょろきょろし始めた。……まさか

「ない。さっきまで持ってたはずなのに!」

 頭を抱える兵士に思わず愕然とする。

 まさか、なくした?アレが最後の希望だったのに、あまりの出来事に一瞬目の前が真っ暗になった。

「探しますよ!アレがないと僕、もう戦えないんですから!」

 大急ぎで柱の影で身をかがめて探し回る。こうしている間にも柱を魔女が攻撃している。いたぶるために威力は抑えているようだが、それでも柱がいつまでもつかわからない。壊されてしまえばそれこそ一巻の終わりだ。

 さっき兵士がひっくり返っていたところには割れた瓶が一本転がっている。となるとその周辺のはず。

 影の中で目を凝らす。

「おい!あった!あそこだ!」

 兵士の指さす方を見てみると一本の瓶が柱の陰から転がり出て行っていた。間違いない、————魔女の薬だ。アレがあればもう一度魔女の力を手に入れられる。

 柱の陰を出れば、瞬時に魔女から狙い撃ちされるだろう。それは分かっているが、アレがなければ勝機はない。一か八か行くしかない。


 覚悟を決め、瞬時に全速力で柱の陰から飛び出す。

 飛び出した瞬間に魔女の標的が僕に移ったのが分かった。だが、移った瞬間にはもう薬の瓶をつかんでいる。今立ち止まればそのまま一瞬で魔女に殺される。生き残るにはこの勢いのままにこれを飲むしかない。

 足を止めずに拾い上げた瓶のふたを開け、そのまま一気に飲み込む。薬が喉を通る瞬間、飛んできた魔女の火の玉によって体が炎に包まれた。

「なんだ、粘った割に最後はあっけないな。隠れていれば、もう少しは生きられたのにな。仕方ない……もう一人もちゃっちゃと片付けるか」

 炎の中、魔女の声が聞こえる。炎に包まれた僕はもう死んだものと考えて、柱の陰に隠れている兵士の方へ視線を向けている。


 体が熱い。体が燃えているから当たり前だろう。だが、それだけじゃない。

 ドクン、心臓の音が聴こえる。

 ドクン、ドクン、いつもよりも心臓の音が大きい。

 ドクンドクンドクンドクン、心臓が早鐘のように鳴っている。

 加速した心臓から流れ出した炎のような血流が体を内側から焼いていく。その炎は次第に大きくなり、体の中におさまりきらなくなると体の外にまで噴き出した。

 僕の中から生まれた炎は、体を焼いていた魔女の炎を逆に焼き尽くすと弾けて消えた。

「……っ、はぁはぁ」

「な、何が起こった!?」

 兵士を殺しにかかっていた魔女がこちらに気づき驚愕の声を上げる。魔女の炎は確実に僕を燃やし尽くせるだけの熱さを持っていた。それなのに僕が生き残っているのは予想外だろう。だが、現実は魔女の予想をさらに超えていく。

 驚きの表情を浮かべている魔女を、炎の竜巻や水の刃など様々な攻撃が襲う。不意を突かれた魔女は、さすがの反応で瞬時に後ろに飛び退き、迫る攻撃を迎撃する。だが、攻撃の勢いを消しきれず、直撃こそしなかったものの体の端々からは血を流していた。

 戻った力を試すつもりだったのだが、これは思った以上の成果だった。これなら真正面から魔女と戦える。

「お前!確実に殺したはずなのに、なんで生きてる!?……それに、その力!さっきまでほとんど残ってなかったはずだろ」

 体の傷を治しながら魔女がこちらをにらんでいる。その表情にはさっきまでの余裕はない。侮っていたはずの僕から不意打ちとはいえ、初めて傷を負わされたのだ。動揺と焦りが音になって聴こえる。

「さぁ?なんでですかね?」

 魔女の問いかけに挑発するように適当に答えて見せる。ここで馬鹿正直に魔女の薬を飲んだなんて答えてしまえば、魔女の逆鱗に触れることになって薬を持ってきた兵士に攻撃が行きかねない。兵士も守らないといけない僕としてはそれは避けたい。状況が好転したとはいえ、冷静さを保たないと勝機はない。

「おい、少年!……そんなこと言って大丈夫なのか?さっきまで体が燃えてたのに……」

 柱の陰から兵士がごそごそと何かを言っている。

 僕より先に燃やされていた人が何を言ってると問い詰めたいが、今は相手をする余裕はないので無視しておく。

「まあ、いいや。どうせ殺すんだから同じだ」

「やれるもんならやってみてくださいよ!……さっきまでとは一味違いますよ」

 魔女の煽りに、にやりと笑って答える。

 一触即発の空気の中、お互いそのまま動きを止めた。

 ほんの一瞬の静寂、どこかで落ちた水の音さえ聞き取れた。そしてそんな小さな音を号令に激しい戦いが再開した。

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